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21.変わらずに
アメリアがアガット様と領地に帰った。
エデンにアメリアの姿がないと物足りない。客の大半がアメリアは休みなのかと気にかけて見渡している。
経理担当のデンバー氏はランチで一息ついていた。
「はい、いつもの」
女将さんが唐揚げ定食を置いた。
「ありがとうございます。そういえば、ここってかなり前からありましたっけ?私が勤め出した頃には無かったですよね」
「もとは小さなティーサロンだったんですよ。高齢のご夫婦が店じまいすると言うので、郊外から移転したんです。その時にメニューを増やして働く世代向けに色々と工夫しました。店名もそのときに」
「たしかに、働くうえでここのランチを食べるんだ!っていうのがいいモチベーションになってます。午後も頑張れる気がします
」
大将が小鉢を差し出した。
「これサービスだ。そう言ってもらえるのが嬉しい。共同経営したかった奴が言ってた。料理は食べたら皿からは消える。でも食べた人の中に残って、その人の一部を作るんだって。」
「ああ、なるほど。ありがとうございます。なんだかここのは、付け合わせの野菜も、何気ないようで味が変えてあって飽きないんですよね。」
「アメリアのヒントで出来た一品物も多いんだよ。やっぱり血は争えないのか、良い舌をしている。」
食後のコーヒーを味わいながらデンバー氏は眉を下げた。
「もしかしたら、ここに来る回数が減るかもしれません。」
「お仕事が忙しく?」
「はは、そうですね。それと、近々籍を入れようかと思っていて」
「デンバーさん!夜ならお祝いに一杯おごるのに、昼に聞いてもなあ」
大将が笑う。
店を出たデンバー氏は、名残惜しそうに看板を見上げた。
経理なので秘密を知ってしまった。仕事中も家でも監視されている。今も。
女官である恋人は今は自宅謹慎中だ。王子たちの派閥争いに巻き込まれたうちの一人だ。
籍を入れるので二人まとめて監視したほうが効率的なのではないですか?と交渉した。
内乱を起こすような真似はどちらの王子もしないと思いたい。
昼にエデンですれ違った第一王子
夜にエデンで出会った第二王子
あの店になにがある。
ただの、唐揚げ定食の旨い人気店だったらいいのに。
変わらずに、ずっと存在していて欲しいと思った。
「うまいもんの前では、王様も頭を下げるんだよ、貴族も、平民も。
ただ、本当に腹が減ってる奴がろくに味わわずにガツガツ食って、命がつながる感じが見てて、なんかこう、たまらないんだ。」
大将は、氷水を煽った。
ベックの言葉は料理人として共感できた。それでも、言ってはいけないことと願ってはいけないことがある。
鍋に一緒くたに入れて時間さえかければ混じり合うこともある。
誰もが飢えない方法を国の最上位と最下層は考えている。ただ、充分に食べている人間の考えることと水で腹を膨らせて明日のパンを夢見る貧民は違う。
「お前は間違ってなかったよ。全てを捨てて、まだエレンもアメリアも生きている。」
この国が変わろうとするのが何度目なのか、成し遂げられるのかわからない。
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