33人が本棚に入れています
本棚に追加
13 殻を割るとき
「アメリア、今日はもう休みでいいから」
女将が声をかけた。
「長い付き合いなんだから、無理してるのはわかるよ。そうだね、一つ配達を頼もうかな。二日酔いの方にサラダとフルーツの盛り合わせを配達してほしい。ほら、フレディさんのお陰で冷保存魔法ができる箱があるから」
「二日酔いですか、それならミントとレモンのゼリーもどうでしょう」
「そうだね。届け先は、アガット様」
アメリアは、立ち止まる。
「この前、アガット様に言い過ぎたって思ってるんじゃないのかい?アンタ達はどちらも気遣ってるのにずれてて、おかしなことになっているよ。いつか話し合った方が良いと思ってたんだ。嫌ってるわけじゃないんだろう」
「嫌い、というわけではないんです。そうですね、なんというか難しいんですけど。」
「はいはーい、じゃあ女将さん、行ってきますね!」
付き添いにマーカスが呼ばれていた。
「マーカスさんって、お仕事されてます?」
「ひどいなあアメリアちゃん。仕事してるってば」
乗り合い馬車まで歩く間、マーカスはヘラヘラと軽い調子で話す。
「いったいどこの部署なんですか」
「言えないとこだねー」
街の劇場に人気の公演の幕がかかっている。
貴族と平民の恋が人気らしい。
アメリアが見ているのに気づいた。
「あー、あれ人気だね。アメリアちゃん見たいの?」
「あんなの、大嫌いです」
もし見たそうならフレディに教えてやろうと聞いただけなのに、アメリアの低い声に違和感があった。
「アガット様とは今までにも会ったことあるの?」
「そうですね。昔、何も知らない頃は。」
「今は?嫌いなの?」
「嫌いではないですけど。今は、貴族とは身分が違うってわかってますから。」
マーカスはアガット卿のことを調べていた。
アガット伯爵は若いときに婚約者を奪われている。婚約者の子爵令嬢が平民と恋に落ちて駆け落ちしたのだ。
それ以外は醜聞もなく、領地経営も順調だし王都で布中心の商会を立ち上げた。女性関係もきれいなものだ。
邸についてもアメリアがなかなかベルを押さないので、結局マーカスが押した。
現れた執事はマーカスの後ろのアメリアを見て驚いたようだったが快く通してくれた。
「アメリア様ですね。」
「面識があったのですか?」
「いえ。よく似ていらっしゃいますので」
この執事もアガット卿も、アメリアを眩しいような懐かしいような目で見ている。アメリアを通して、過去を見ている。
配達の品を渡すと、執事がしばらく待つように言ってお茶を頼んでくれた。
「配達だけで、もう帰らせてもらおうかと」
「旦那様が大慌てで支度をしているので、しばらくお待ちください」
マーカスはアメリアの硬い表情が気になる。
「アメリア!」
階段をアガット卿が降りてくる。
「来るなら前もって連絡をするべきだろう」
アメリアの表情が固くなった。
執事がアガット卿の後ろに回り込んだ。
「旦那様?言葉選びに気をつけて下さいませ」
ギリギリギリ、よく見ると腕を締め上げている。
「アメリア、連絡もなしに急に来たら、菓子を買いにいかせる暇、も、ないじゃないかっ、」
「旦那様、王都の季節限定のお菓子をずっとかかさずチェックしていらっしゃいますよね。領地に帰るときにお土産として買ったり」
「そうだ、明後日からちょうど限定の梨の砂糖菓子が発売だから領地に買って帰ろうかと思ってたんだ、良かったらアメリアにも届ける」
「今までもエレン様とアメリア様に同じお菓子を買って、結局渡せずに自分で食べたりメイドにやっていましたよね」
「そうだ。アメリアは覚えてないかもしれないが、小さい頃に君は私があげた菓子を嬉しそうに食べてくれたんだ」
執事が離してくれた腕を擦りながらアガット様は言った。
「……覚えています」
アメリアの頬を、涙が伝った。
「アメリア!?とりあえず座って落ち着こう。な?おい、茶のおかわりを!」
「旦那様こそ落ち着いてください」
最初のコメントを投稿しよう!