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14 アガット様の事情
「ミントの効いたレモンゼリーか。ありがたい。これは二日酔いにちょうどいい。魔力酔いにもいいかもしれないな。
そうだ、マーカス君、あのエロ魔術師も二日酔いになってるんじゃないか」
アガット卿はゼリーが気に入ったようだった。
「あいつは大丈夫です。自分で毒素を出せるんで」
アメリアも落ち着いたらしい。
「あの、アガット様。先日はきつい言い方をしてすみませんでした。今までも……」
「いいんだ。私こそ偉ぶった言い方しかできなくて、君に恐怖心を与えていたようだ」
執事が頷いている。
「アガット様が昔、王都の珍しいお菓子をくださるのを楽しみにしていました。チョコレートや、キラキラした砂糖菓子。花の砂糖漬けの入ったクッキー。お菓子のおじさんって呼んでました」
「おじさん……まあ子供から見たらそうか、おじさんか。二十代だったんだが、そうか、仕方ないな子供の記憶だもんな、はは」
「少し大きくなってからお菓子を喜ぶ私を見て、父と母が複雑そうな顔をしているのに気づきました。喜んではいけないのかなって。でも聞けなくて。もし、おじさんがずっとお菓子をくれるから自分の娘にならないかって言ったらどうしようか、とか。ちょうど子供の誘拐事件があって、注意するように自警団や父さんに言われたのと、混ざってしまったみたいです」
「アメリア、私が自分の身分を君にはっきり言えなかったから誤解されても仕方ない。
ただ、私は昔も今も、君たち母娘が息災であるように願っている。」
「でも、アガット様は父と言い争ってましたよね?父のことは嫌いだったでしょう。それは、母のことがずっと好きだったからでしょう」
「は?」
アガット卿はポカンと口を開けた。貴族らしからぬその態度に、一同は見入った。
あー、
うー、
と唸って、額に手を置いた。
「アメリア、待ってくれ。君の最大の誤解はエレンのことか。そうか、そう見えるのか。確かに現状、いや、うむ、でもなあ、」
「説明してもらえます?」
マーカスは執事に小声で聞いた。
「旦那様が許して下さるのであれば、私の知ってる範囲で状況のみであれば可能です」
「許す、いや頼む」
アガット卿も混乱しているので、有能執事は少し前に出て話し始めた。
「まず、アメリア様の母上エレン様と旦那様は婚約解消なさいました。
エレン様がアメリア様の父上、ベック様と恋に落ちて駆け落ち同然に家出をされたからです。
その後、アメリア様が生まれ平穏に暮らしていらっしゃるところに度々訪れたのがアガット様です。
ベック様からしたら嫌がらせと感じられても仕方ありません。
その後、不幸にもベック様が亡くなられたあと
傷心のエレン様とアメリア様をまんまと療養と称して領地に引き取りました。
領地では長年の執着、失礼、拗らせた恋を美談のように語る者もいますのでアメリア様が色々と事実ではないことを聞かされたとしても不思議ではありません。
それで王都へ出て自立しようと健気に頑張っていらっしゃるわけです」
執事はハンカチをとりだし目元を拭った。
「アガット様、それ引きますわー」
とマーカス。
「でも本来は母と結ばれるはずだったんですから、割り込んだのは父で。今、母が幸せなら私は別に……」
アメリアが辛そうにうつむく。
「待て、状況のみの説明と言いながら所々悪意を感じたのだが!?
もともと従姉妹だぞ?困ってたら助けるだろう。無事に暮らしているかこっそり見に行くくらいするだろう」
「馬車で来てこっそりも何もないでしょうよ。どう見ても人妻に横恋慕した貴族の坊々でしたね」
執事がバッサリと言う
「その頃私は従者でしたが、自警団にあれこれ聞かれて、何とか理解してもらってました」
「アメリア、長年の印象を変えるのは難しいだろうが歩み寄ってくれると嬉しい」
ドアの前まで見送りに来たアガット卿は、そう言って不器用に笑った。
差し出された手を、おずおずとアメリアも握った。
夕刻になっていた。
「アメリアちゃんは、アガット様にお母さんを取られたと思ってた?」
「そんな子供じゃありません。」
「仕事柄、アドバイスさせてもらうよ。秘密を知った日は一人にならない方がいい。誰かとご飯を食べる方が気が紛れる。一人で考え込んでお腹が空くのは良くない。僕でもいいけれど、アイツを呼ぶよ。たまにはエデン以外で会うのもいいだろう?」
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