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16 エデン
「一人だけど、空いてるか」
「お前なら埋まっててもカウンターの内側でもいいだろ。」
ユージンに大将が直接声をかける。
「アメリアちゃんはいないんだな」
「お前といいマーカスといい、魔術師はわかってても言わないから腹黒い奴ばかりだな。あんたらがアメリアを利用するなら、うちの店の敷居はまたがせないぞ」
水と小鉢を出しながら言う。
まかないとか試食とか、親しい間柄の客にだけ大将はサービスする。
「まあ腹黒くもなるぞ。だけどフレディは違っただろ。」
「まあな。あんなひょろっひょろでろくに食べない奴、絶対に許さないと思ってたけど。最近は良い食べっぷりだ。美味いもの食べさせたくなるな。ああいうやつ。アメリアもそこが気に入ってるのなら仕方ない。
あの娘の親父も、よく痩せた犬や猫にパンの耳を食べさせてた。」
店内は灯りに照らされた湯気があちこちにあがり、香りが満ちている。人々は笑いあい、グラスを重ねる音がする。
「いつ来てもここは変わらないな」
「そう言ってもらえるのが嬉しい。美味いものの前では貴族も平民も頭を垂れるんだよ。自然とな。」
そのとき、女将からオーダーが入ったので大将は奥の厨房に引っ込んだ。
「あら、ユージン様お久しぶりですね。オーダーはもう済みましたか?」
「しばらく眺めていたいくらい、良いな。とりあえず酒と、あとは適当に頼む」
ユージンは魔術師団の所属なので、マーカスほど情報は得られない。それでも肌で感じる。不安定な情勢を。
変わらないものなんてなくて、
変わらないように見えるとすればそれは努力の結果なのだ。
大将や女将の努力の結果、この店の味や雰囲気が守られている。
近くのテーブルの夫婦は地方から出てきたらしい。
「この味、これが懐かしくて。」任期が終わり、王都に妻を連れて久しぶりに戻ったようだ。独身の時に好きだったメニューを妻に解説している。
「アメリアの結婚式をここでしてくれないかしら」
女将が笑う。
「えっ?アメリアちゃん恋人いるのか?」
「やだユージンさん知らないの?フレディさんといい感じなのに」
「どう見てもフレディの片想いか、いいとこストーカーだと思ってた。」
「あんなに想われてグッとこないわけないでしょ。ただ、アメリアが自分でブレーキをかけてるだけよ。恋することそのものが怖いだけ」
「でも結婚は飛躍しすぎだろ」
「あら、女は準備に数年かかることもあるのよ。エレンも王都に出てきてくれたら会いたいわ」
遅くに文官が入ってきた。
「遅くまでお疲れ様です、デンバーさん」
ああ、そういう名前か。確か経理関係の。魔術師団にも来たことがある。会釈する。
「大将、これ例の。いくつか案を出してみました」
「ありがとうございます。今日はお礼に何でも頼んでくれ。お代はいらない」
「いやいや、私もアメリアさんにはお世話になったので」
これは聞いても良いのだろうか?という顔が二人にもわかったらしい。
「最近は、著作権やアイデア料というものがあるらしいと聞いてな。
うちのレシピのいくつかは、俺のアイデアじゃない。別の奴のものなんだ。俺の心にそれが引っ掛かり続けていて。
どうにか奴の功績を形に残せないかデンバーさんに相談してたんだ」
「それってまさか」
「アメリアが殻を割ることができたら親父さんのことを話してやりたいからな。お前の父親はすごい奴だったんだって。あいつは体を壊して料理人をやめてしまったから、アメリアは知らないんだ」
「私は初め、アメリアさんは大将の娘さんだと思っていました。働き者でよく気のつくお嬢さんだと。」
「まあ、娘のつもりで思ってるけどよ。こっちは勝手にな」
大将が柄にもなく照れた
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