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4 恋は注文できません
アメリアは女将さんが入れてくれたお茶を飲んでいた。仕事の前に飲むお茶は目が覚める成分のもの。合間に一息いれるときのお茶は香ばしく和む成分のもの。
毎日忙しいけれど、たくさんのお客さんの笑顔が見られて満足していた。
満足、していたはずなのに。
ほとんどのお客さんは、
「美味しかったよ」
「ご馳走さま」
「ありがとう」
「いつもお疲れさま」
と、言葉をくれる。だからアメリアも嬉しい。お腹が満たされて、午後からも頑張ろうって思ってもらえることや、大将の料理がその人を幸せにしたこと、冷めないうちにテーブルに運んだ自分の働きも、そこに含まれてたらいいな、とか。
それなのに、あの人は違う。
夕方にふらっと来るようになった魔術師のフレディ。
店に入ってから注文するまでが長い。迷っているわけではない。メニューを開かないのだから。
アメリアがお水を運んでから、
「ご注文は?」
と声をかけてから、水を飲んで、
「水のおかわりそれから……」
と黙ってしまう。
「後でまた伺いますね」
「あ……」
ずっと結ばれた不機嫌そうな口元。
前髪の隙間から、目が見える。見上げられるのは、彼がテーブルに座っている時だけだ。
紫色が、一瞬不安そうに揺れる。
行かないで、というように見える。
耳を下げてクーンと小さく鳴く実家の犬を思い出す。
「アメリアちゃん、注文お願いします」
別のテーブルから声がかかる。
「はーい」
返事をして、フレディに頭を少し下げる
「ごめん」
「後で注文伺いに来ますね」
「ん」
差直に頷く。表情は不機嫌そうに戻っていた。
でも
「あれ、アメリアちゃん走ってきたの?そんなに慌てなくていいのに」
と次のテーブルのお客さんに言われた。
「え、大丈夫です。なんともないです」
「だって、真っ赤じゃん」
それは、だってさっきの
なんか可愛い顔するから……!
「大丈夫です。ご注文は?」
切り替えて大きな声で、いつもよりハキハキと聞いた。
ーーーーーー
彼女が行ってしまった。
周りの喧騒が耳障りだ。もともと慣れていないから。
彼女が側に来たときだけ周囲の音が潮が引くように遠退いていく。自分と彼女だけが存在しているかのように。
彼女の声が自分にだけ聞こえたらいいのに。
無意識でそんな魔術を組んでしまったのかもしれない。自分の鼓動がやけに大きく感じる。
また水しか頼んでいない。これでは変な客だ。怪しまれてしまう。
遠くの席で、彼女が注文を取っている。何か言われて、手を振って笑っている。冗談でも言われたのか。それとも、もともと仲が良い常連だった?
それ以上?
張りのある声が聴こえる。
俺の時とは違う。
……ちょっと泣きそう。
ダメだ、情けない。
彼女が、笑ってる。
注文繰り返さないで。他の奴に笑いかけないで。
「これは……ヤバいな」
振り返った彼女と目が合った。
多分目を反らしたのは同時。
なんだこれ
「あの、お水です。遅くなってすみません」
彼女が来た。
水が遅いと睨んでると思われたんだろうか、そんな小さい奴だと思われたくはない。
「別に怒ってないから」
「え」
「水を待ってたわけじゃない」
「あ、注文ですね。お決まりですか?」
決まってないなんて言えない
「……決めてくれないか。」
「はい?」
「君の選んでくれたものが食べたい」
ああ、絶対変な客だと思われてる。けど今までより最高記録で会話をしている
「えっと、いつもスープを頼まれているので、軽めのものが良いですよね?」
「ああ」
「トマトと卵のリゾットはどうでしょう」
メニューの図を向けてくれる。
優しい。
好き!
え?
「好き……」
彼女を見上げると、目を見開いている。
「好き、……だと思う。トマトの……それで頼む」
ホッとしたように、彼女は笑った。
「良かった。ではそれにしますね」
にこっと笑ってあたまを下げて、離れていった。
テーブルに突っ伏した。フードを下げて頭ごと抱えた。
可愛い!
好き!
あー、無理……、可愛いすぎ……
ーーーーーーーーー
ちなみにこの様子を目撃した客たちには、魔術師フレディがこの店に現れる理由がアメリアだと一目瞭然だったそうだ。
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