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5 ライバルがやってきた
フレデリックは扉を開けたことを後悔した。
昔からやたらと絡んでくるマーカスがやってきたからだ。わざわざ他人のような顔をして。比喩ではない。魔術師団で諜報活動を主にしている彼は、気配と顔の印象を変えられる。魔力を極めて少なく使い、最大の効果を上げることを信念としている。
あり得ないほどの魔力量を持ち、コントロールが苦手だった子供時代のフレデリックにとって、とても苦手な先輩だった。
顔を見るだけで無表情に影が出来るのも仕方ないだろう。
それなのに、時折やってくる。自分の部署に誘ったりプライベートを詳しく聞いてきたりする。皆フレデリックのことを変人だと言うけれど、魔術師なんてだいたい変人だし人との距離感がおかしいと思っている。失礼なことをいきなり言ったりする。
「フレディ、アメリア嬢に惚れたんだって?」
ほら。こんな風に。ろくなことがない。
「あははははー、
いきなり燃やすなよー。危ないなあ。氷出しといて良かった」
「惚れたとかそんなんじゃない。だいたい君に関係ないだろ」
「あるね。今まで誰にも無関心だったフレディが、誰にでも優しいアメリア嬢にころっといくなんて、単純すぎて笑えるよ。」
無視して本を読もうとするがイライラして、頭に入ってこない。
マーカスは人の嫌なところを突いてくる。
昔から変わらずに。
十代の終わりの年に、フレディが塔に引っ込んだのも彼の提案が通ったからだ。
フレディは模擬試合で彼に怪我を負わせてしまった。
「アメリア嬢は魔女なのかな。お前に惚れ薬を飲ませたりしたの?」
「彼女はそんなことはしない」
「じゃあ、誘惑した?」
「そんなわけない。」
「ふーん。俺のライバルの凍った心を溶かすのが、ただの女って面白くないなー」
「何かする気じゃないだろうな」
「さあね。アメリア嬢を狙ってる奴は多いから。今さら一人くらい増えたってどうってことないだろ」
「やめろ、彼女に近づくな」
マーカスは蕩けるような笑みを浮かべた。
「そんなこと言える立場じゃないだろ。お前は単なる客の一人で、俺も客。彼女は対等に笑顔で接してくれる。ああ、そういう意味では娼婦と変わらないな。満たしてくれるのが空腹か性欲かの違いなだけで」
マーカスは炎に備えて氷を出すつもりたったがフレディは動かなかった。
「え?どうした?フレディ」
肩を揺すると、フレディが顔を手で覆った。
「どうしたんだ?」
「……見るな」
首まで真っ赤である。
「僕なんか、気持ち悪いよね……」
次は青くなる。
「性欲とか空腹とか考えたことなかったのにいっぺんに、……もう店に行けなくなったらお前のせいだからな!」
次はマーカスの、胸元を掴んできた。
「なんだよー、この中身五才児が!」
マーカスもフレディの髪をくしゃくしゃにする。
しばらくたって、ハアハアと二人とも床に手をついていた。
「ちょっとまって、魔術師体力なさすぎねえ?」
「君だって」
「アメリアは、騎士団の奴も見てるんだからこんなに体力が無かったら論外かもしれない……」
「お前さあ、なんで顔良いのに隠してんだよ」
「顔なんか好みは人それぞれだろ。」
「それを、顔が良い奴が言うと刺されるから気を付けろよ、お前。とりあえず、フードを外して前髪を切るだけでかなり」
バサッ
「え」
「あ」
パラパラと散らばる黒髪
「指先、刃物のイメージで強化してたの忘れてたわ、ごめんごめん」
「マーカス」
そのあと、お詫びといって王宮内の理容師のところへ連れていかれた。
「良いじゃん?顔も目も見えるし。ほら、さっきの侍女もお前のこと見てるぞ」
「首周りと顔がスースーする……」
「しっかりしろ!あのな、アメリア嬢を狙ってる男たちにもお前の姿を見せとく必要があるんだぞ」
「なんで。必要ないだろ」
「お前、アメリア嬢と話してる男を見るだろ。顔とか体格とか収入とか考えるだろ」
「そこまでは。ただ、たくさん食べそうだな、とか」
「そこからもう闘いなんだ。なめられるなよ。」
「僕はただ、彼女を見てるだけで……」
マーカスは、フレディの腕を掴んでずんずん歩く。
「ちょっと待って、マーカス、もしかして」
「エデンに行くぞ。アメリア嬢を見てみたい」
「嫌だ、君と行きたくない」
「そんなに俺のこと嫌いなのか」
「マーカスはアメリアの好みに印象を変えられるじゃないか。それに、きちんとした仕事についてるし、女性にも慣れてるし、たくさん食べるし……貴族だし……うっとうしいけど本当は良い奴だってわかってるし……」
こいつ……
「まず、お前も王宮魔術師だから高給取りだな、きちんとしたの定義が定期的に任務を受けて外で活動するということなら、ただ仕事の方向性が違うだけ。お前の方が大発明をしている。女性に慣れてるのは諜報活動に便利だから研究した。たくさん食べるのは魔力を消費するから。貴族生まれなのは単なる事実。三男だから貴族としての教育は最低限だし義務も果たしていない。それでいて恩恵だけ受けようとも思わないし、実力主義の今の仕事を気に入ってる
それから、俺もお前のことは、そんなに嫌いじゃ…ない……」
早口で捲し立てて、最後は独り言のようになっていた
「まあ、とにかく行くぞ。
もし俺がアメリア嬢を好きになったとしても、お前のライバルとして正々堂々と競うぜ」
「え、やだ。焼くけど」
「酷くないか!?」
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