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或る男の夢
夢を見なければ
男は走っていた。どこへ向かっているのか男自身も分かっていなかった。胸元まで伸びたボサボサの髪、あばらが浮き出た身体で必死に地を蹴った。路地裏へ逃げ込み周りに誰もいないことを確認する。男は今しがた盗んできた物を見つめる。10センチメートル四方の黒いケース…… 中身を取り出そうとするが手が震えてしまって上手くいかない。
一旦落ち着こう
ポケットから煙草を取り出す。路頭に迷うことになってから大事に大事に吸っていたが、それももう最後の一本だ。火をつけようとして、小さな絶望。タバコより先にマッチが底を尽きていた。もういい、そもそも悠長に一服している暇もない。見つかるのも時間の問題だ。
再度ケースに目を向ける。ラベルは褪せて読むことができない。選り好みをしている余裕など男にはなかったので、内容はどうでも良かった。慎重に蓋を開け、中から指の爪ほどの大きさのチップ取り出す。それを右耳に付けたスキャナに挿入し、ゆっくりと目を閉じた。
あぁ、やっと夢を見られる
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