善人と愚者1

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  ◇ ◇ ◇ 「本当に信じられない。こんなことが可能だなんて」 「ご満足いただけたようで何よりです」  スキャナを外したマーガレットは半ば放心状態だった。今しがた見た光景を再度脳裏に浮かべる。純白のワンピース一枚の純粋無垢なもう一人の自分に、彼女は思わず涙しそうになった。  自分はいつからこんなにも薄汚れてしまったのだろう、婚約者なんて死んでしまえばいいと願い、自分こそが相応しいのだと信じて疑わない。なんて傲慢な人間なのだろう…… そんなことを考えているのかもしれない。  けれど、脳波の安定こそが幸せの基準となったこの世界では、マーガレットのような価値観こそが正常なのだ。高級品で身を包み、権力を持つ者達と時を共にしていればこの平穏が続くと信じている、いや、信じていたいのだ。  マーガレットもまた犠牲者だ。IDEOが提供する偽りの幸せに踊らされる、人はみな道化である。    擬似夢は所有者の許可なく閲覧するだけでも高額な罰金が課せられる。改変ともなれば懲役刑も十分にあり得る危険な綱渡りだ。  実際に出来上がった擬似夢を前に、マーガレットが怖気づく可能性も十分にあった。しかし、彼女は覚悟を決めた瞳でノアに向き直る。 「問題ありません。この夢を彼の夢に組み込んでください」 「ええ、お任せください」  ノア・クラークは微笑んだ。キャンドルの揺らめきに合わせその瞳はキラキラと輝いた。    そして決行の日はやってきた。
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