善人と愚者1

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  ◇ ◇ ◇  事務所に入ってきた彼女の顔はノアの予想通りのものだった。一先ず受け取ったチップを読み込ませ、その間に彼女をソファーへ促し、白いレースのハンカチを手渡す。 「貴方は笑っているほうがお似合いですよ」 「でっ、でも、クラークさん! これのどっどこが、笑えるって、ひっ、言うの!」  マーガレットが感情を昂らせ子どものようにしゃくり上げても、ノアは慌てる素振り一つ見せない。落ち着いて紅茶を注ぎ、マドレーヌを用意した。 「朝から食事も摂っていないんじゃないですか? 今日はずっと緊張続きでしたからね。まずは一息つきましょう」  他人事だからそんなに落ち着いていられるんだと不満をあらわに、マーガレットは紅茶を一口飲む。  すると胃にじんわりと温かい感覚が染み渡り、不思議なほどに冷静になった。彼女は次にマドレーヌを大きく頬張った。きっと普段ならそんなみっともない食べ方はしないのだろうが、ノアはマナー違反だとは思わなかった。  マーガレットがぽつりぽつりと話始める––––。 「きっとお見通しでしたでしょう、夢を見てから自信をなくしてしまったと」 「けれど貴方は行動すると決意した」 「そう、そうね。そして行動した結果がこれ。チャンスさえ貰えれば彼を振り向かせられるって? あの時の私を引っ叩いてやりたい。醜くて、惨めで…… 笑っちゃうわ。とんだ愚か者じゃない!」 「そうですね」 「へ!?」  思いがけない賛同にマーガレットの声も上ずってしまう。愚痴には解決策よりも共感を、とはよく言うが、そこは本当に共感をするタイミングだろうか? そう言いたげだ。  ノアは変わらない笑顔で続ける–––– 「貴方は醜くて、惨めで、愚か者です。けれど、それがなんです? それで誰が迷惑を被るというのです。世の中には、我こそが善人だと信じて疑わずに他人を虐げる人間がそこら中にいます。虐げる行為そのものを善行だと宣う者達が今日もどこかで笑っているのです。貴方は自分の愚かさに気づき、そしてそれを省みて律しようとしている。誰が何と言おうと、自分がどう思おうと、貴方はとても美しい」  その時、データのスキャン完了を知らせる通知音が鳴った。アイザックの擬似夢を確認したノアは目を細めて振り返る。 「それに、愚かなのは貴方だけではないようですよ––––」    
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