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◇ ◇ ◇
応接室にはアイザックとマーガレットが二人きり。
マーガレットは渡されたタオルで汗をぬぐい、冷えたカモミールティーをグイっと飲み干した。髪は乱れ、化粧も落ち、目は腫れている。
マーガレットは腫れた両目でしっかりとアイザックを見つめる、その瞳をアイザックは見つめ返せなかった。いつもの美しく飾り付けられた姿よりも、胸の高鳴りを抑えられないようだ。
居心地が悪そうに、彼は話し始める。
「少しは落ち着きましたか? それで、一体どういうことか聞かせていただきたいのですが」
「私、貴方を愛しているの、この世界の誰よりも」
「なっ! 何を馬鹿なことを……」
「ええ、そうです。私は馬鹿です、大馬鹿者です。自分のことばかり考えて、自分こそが貴方に一番相応しいと信じて疑わなかった」
アイザックは俯き、両手をぎゅっと強く握りしめる。
「ザック、でもそれは間違いだった。私は貴方に相応しくない。いつだって自分のことばかりで、私の邪魔をする存在は蹴落としたって構わないと思っていた。けれど貴方はいつも純粋で、他者を思いやれる人。そんな貴方の横に並ぶ資格など私にはないわ」
アイザックは更に強く両手を握りしめる。爪が食い込みそうな勢いだ。
「さっきは気持ちが昂って、お恥ずかしい姿を見せてしまったわ。ごめんなさい。エントランスにいらしたご婦人達には覚えがあります。今度お茶会に招いて、誤解を解いておきますわ」
マーガレットはもうすっかり落ち着きを取り戻していた。
「私、もう婚約者の地位を奪ってやろうなんて思っておりません。けれど同時に、もう誰にも、自分自身にも嘘をつきたくはないのです。私ね、本当はお化粧が嫌い、そばかすだらけの素顔で過ごせたらどれだけ楽だろうって思ってた。お偉い方々と腹の探り合いをするより、貴方と過ごす午後のひと時が幸せ」
マーガレットは、真っ直ぐにアイザックを見つめた。その目には殿方を落とそうというような厭らしさはなかった。ただ、一人の乙女が、自分の気持ちに終止符をつけようとしていた。
「笑うと声が掠れるところも、お仕事に真剣に打ち込む姿も、私のお気に入りの紅茶を覚えてくれているところも、全部全部愛おしい。貴方が振り向いてくれなくとも、周りから行き遅れと笑われようとも構いません。貴方への思いを騙るのなら、私の人生そのものが偽りなのです。そんなものはまっぴらなのです」
そこまで聞くと、我慢の限界だと言わんばかりにアイザックは勢いよく立ち上がった。普段の温厚な彼の面影は微塵もない。
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