夢を見させてやる

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「ねえママ、この夢買って! おねが~い!」 「空を飛ぶ夢? 刺激が強すぎるわ。それに誕生日に買ってあげたお花畑の夢があるでしょう」  十歳ほどの少女が母親に駄々をこねている。  夢に取って代わるものの発明––––。そこで十五年ほど前に作られたのが擬似夢(ぎじむ)である。特殊な加工を施した映像チップを専用スキャナで読み取ると、脳裏に映像が浮かぶというシステムである。  擬似夢の登場により危機は去ったかと思われた。早速人々は思い思いの夢を作り出し、ネット上では多種多様な夢をダウンロードすることができた。  しかしすぐにそれらは規制された。夢と現実の区別がつけられなくなる者、現実世界に絶望し自殺を図る者が急増したのだ。それは夢の精巧さに比例しているようで、作り込まれた複雑な夢ほど反動が大きいことが分かった。  ノアは茶色いレンガ造りの建物を右に曲がった。通りの向かいには病院のような見てくれの真っ白な建物がそびえ立っている。その入り口近くには愛想笑いを張り付けた、人型ロボットが佇んでいた。ロボットの胸元の液晶がチカチカと光り、電子的な音声が流れる。 『無料で脳波測定! 最短10分! ★今なら20%OFF★』 「20%オフだって。やってく?」 「今月ちょっと厳しいからなぁ…… 一旦パスで」 「そうだな。俺も先に子供に打たせてやらないと」  スーツ姿の男性二人が、残念そうにロボットを見つめながら話している。  ドリーゼとは精神安定剤のことで、擬似夢による精神不安を緩和させる唯一の薬である。人々は定期的に脳波を測定し、必要量のドリーゼを注射する。  夢を見なければロッドに罹る、擬似夢を見ても精神不安が生じる、精神安定のためにドリーゼを打つ。その繰り返しだ。  何故精神不安を引き起こすのか? それは擬似夢を作る上で必ず生じるのせいだ。作り手は擬似夢に入り込み、このバグを除去しなければならないが、何度も夢に入り込む行為は危険を伴う。それゆえ擬似夢も高値で取引されている。  先程の男性二人がまた話し始めた。   「そういや欠勤が続いてたハワードさ、自宅でロッド状態で見つかったらしいよ」 「本当かよ!? 支援受けてなかったのか?」 「あいつ元々金持ちの坊々だったろ? それが実家が倒産しちまって。今更お粗末な夢見たって効果が無かったんだろ」 「かぁ〜、貧乏で良かった〜」  国から支給されるバグの少ない簡素な擬似夢もあるが、簡素ゆえ、何度か見ると効き目は無くなってしまう。支給品の夢では満足できなくなってしまったが、市販の夢は高価で、ドリーゼを打つ金も持ち合わせていない人々…… 貧富の差は当然のごとく深まった。  夢を見させてやる  そんな誘い文句で旧時代の奴隷制度のように権力者が弱いものを虐げているのが今のこの世界なのだ。
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