陰謀論者

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陰謀論者

 後日、ノアとエリック、エマの三人は夢屋の事務所に居た。立花から得たIDEOの情報の整理を行うためだ。 「IDEOは薬品の開発・研究に対して支援を求めていた。使用用途のほとんどが研究所の増設とドリーゼの錠剤化の研究費用に充てられている。それ以外は備品補充などの雑多なものしかないな」 「ドリーゼの錠剤化か…… 正直納得いかねぇな」  エリックがそう言ってドスンとソファーに倒れこむ。隣に座っているエマがその勢いで浮かび上がり、露骨に迷惑そうな顔でエリックを睨みつけた。 「けどまあ、これが本当なら大分助かるんじゃない? 医療施設で直接注射打たれるより、自宅で錠剤飲んだ方が楽だもん」 「だからこそ信じられない。錠剤が出回れば、他の製薬会社が類似品を続々と作り出すだろう。独自開発のドリーゼを完全管理しているからこそIDEOの立場は確立されているんだ。脱獄者の跡も追えなくなる。錠剤化はただの名目で、支援金は別の用途に利用されていると考える方が無難だな」  エマがそれを聞いてぶすっとする。ノアが険しい表情をエマに向けた。 「エマ、まさかIDEOに行っていないだろうね」    ノアは三人に定期的に擬似夢チップを渡している。至極簡単な夢ではあるが、それでもIDEO製や市場に出回っているものよりよっぽど出来は良い。  ノアの擬似夢を見続けることで、三人は脳波を乱すことなくロッドを回避している。  立ち向かえるだけの情報が揃わないうちはIDEO本体には近づかない、それが夢屋におけるルールだった。そのためドリーゼを打ちに行くことも避けているのだ。  エマが不貞腐れた様子で答えた。 「行ってねぇよ。ただ錠剤化が実現すれば、助かる奴らが大勢いるのになって…… この間死体処理の仕事で現場に着いたらさ、路地裏で冷たくなってたのは昔の仕事仲間だった。死因はロッド。親の作った借金が全然減らねぇってよくボヤいてたよ。急に会わなくなったから、別の稼ぎ口でも見つけたのかと思ったのによ……」    俯いていたエマが次に顔を上げると、そこには精一杯の笑顔が張り付けてあった。しかし、その声は微かに鼻声だった。 「嫌になるよな! あたしだけが安全で、助けられる奴も助けてやれねぇ。こんなクソみてぇな世界が少しでも良くなるんならって、ちょっと思っただけだよ」  ノアがやるせないような、複雑な表情を浮かべた。エマがそれを見てあたふたとする。 「お前を責めてなんかねぇぞ!? 誰彼構わず夢を作ってやったら、IDEOにバレて狙われちまう。ノアが死んじまったら、それこそこの世の終わりだ。擬似夢はいざって時の切り札! 今のこのやり方が最善だって、ちゃんと分かってるから」  ノアが言葉に詰まっていると、エリックが間に入ってきた。何も考えていないようで、人の心の痛みには誰よりも敏感な男なのだ。  
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