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「それにしても、何年も尻尾を出さなかったIDEOがここにきて目立つ行動を取り始めたのには理由があんのかね?」
エマの話はここで終わりにするのがお互いにとって良いのだろうと判断して、ノアもエリックの話題に移ることにした。
「……企みを実行に移す準備ができたと考えるのが妥当だろう。または、方針を変えたとも考えられる」
「企みってのは前に出た独立ってやつか? 考えたくはねぇが、最悪を想定して動かねぇとやられるのは俺たちだからな」
「そういやぁランドルフってやつの調査はどうなってんの? エリックの仕事だろ?」
エマとノアがエリックを見る。ノアには逐一報告がいっているが、エマにはまだ話していなかったので共有することにする。
「それが、俺たちが追ってたランドルフ卿とは別人だったみたいなんだ。逃げてきた信者が言ってたランドルフ卿は、写真の男の兄だったんだよ。まぁその兄が今年に入って死んじまったから、弟がランドルフ家の現当主になったってわけだ」
今回立花に支援を頼んできた代表者もランドルフ弟であった。エリックが立花に写真を見せたところ「彼で間違いありません」とのことだった。
「それって、ただ単にランドルフ弟がダメダメなだけなんじゃねぇの? 兄の方は裏でコソコソすんのが上手かったけど、弟は慣れてなくて動きがこっちに筒抜けなだけとか」
エマがケタケタと笑う。それを横目にノアは考え込むように一点を見つめている。エリックが先にその様子に気づき「どうした?」とノアを促した。
「いや、エマの話を聞いて変だと思ったんだ。兄の代で情報が洩れなかったのは、それだけ残忍な方法で徹底的に口封じをしてきたからだと考えるのが自然だ。幹部の父娘と顔を合わせたアイザックが婚約破棄をしても生きていられるなんて、今考えたらおかしな話じゃないか。もしエマの話の通りこれが弟の失態だとしたら、IDEOが弟を幹部に残したままにするわけがない。」
「アイザックには生かしておく価値があるとか? IDEOが急に優しくなったとは考えられないしな」
エリックが「ハッハッハッ!」と笑って見せたが、ノアは更に考え込む。
「その線も捨てきれないが、情報が洩れる危険を冒してでも生かす価値がアイザックにあるんだろうか? それよりも後者だ。ランドルフの世代交代が偶然起こったものではないとしたら?」
エマが怪談話でも聞いているようにおびえた表情をする。いつの間にか傍にあったブランケットを被っている。
「偶然じゃねぇなら何だってんだよ?」
「IDEOのトップが変わったんだ。前トップを支持していた兄は殺され、現トップを支持する弟が当主になった。現トップの方針に従って弟は動いているんだ。もしIDEOが世襲制なら、前トップは精力的に動ける状態じゃなかったのかもしれない、病に臥せっていたとかね。だから動きも静的だった。それが若い世代に権力が移ったから、急に行動に出たように見えるんじゃないか?」
「トップの方針が変わった……」
そう呟くエリックの頬を冷や汗がつたう。
「でも奴らが独立しようとしてるのかも、本当にトップが変わったのかも分からねぇじゃんか! そんな状態で動いても足元すくわれるだけだ!」
エマがブランケットをバサッと脱ぎ捨てながら投げやりに言う。
「トップが口封じをしない奴に変わったなら俺たちには好都合じゃねぇか?」
「いや、これだけ目立った行動を起こしても口封じをしないということは、目論見が他者に気づかれたとしても問題ないということだ。気づいたところで太刀打ちが出来ない規模ということか、今更動いたところで手遅れなほど計画が進んでいる、ということかもしれない……」
事務所に重たい空気が充満する。まるで今日世界が終ってしまうかのような。しかし、それも夢物語だと笑い飛ばせないのがIDEOという組織なのである。
人々が夢を見なくなったことと、怪しい宗教団体が突然その解決策を見つけ出し強大な力をつけ始めたこと––––
この二つはあまりにもタイミングが良すぎる。
あの真っ白な牢獄の中に、悪夢のようなこの世界を作り出しているカラクリがあるはずだ。こんな様子では巷に蔓延る陰謀論と大差ないが、ノアにはそう考えるだけの理由があった。
それはノアが今日を生きる理由であった。
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