幼馴染

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  ◇ ◇ ◇  吐いた息が白む日曜の昼下がり。ノアとエマは並んで通りを歩いていた。鮮やかな赤毛に染められたように、エマの耳と鼻は寒さで赤らんでいる。  見かねたノアがストールを解こうとするが、エマはそれにときめく様な人間ではなかった。 「いーよ。そんな上質なもんをあたしが巻いてたら可笑しいだろ」 「可笑しくないし、みんな他人の服装なんてそんなに気にしちゃいないよ」  エマは「お前は別だろ」と小さく悪態をつく。  言葉の意味を汲み取れないノアに、エマはますます不機嫌になった。 「とにかくいい! どうせもう直ぐ着くだろ」 「まあ、それもそうだな。帰りは大人しく巻くんだよ」 「へいへーい」  そうして二人は、グレーの屋根に白い壁の一軒家の前で足を止めた。呼び鈴を鳴らすと、優しげな老婦の声が応えた。 ≪はぁい。どちら様でしょう≫ 「こんにちは、マーサ。ノアです」 ≪まぁ、ノア! もうそんなに経ったかい? 今開けますから、どうぞお入りになって≫  門が開かれ、二人が玄関に着く頃にはマーサと呼ばれた女性はドアを開けて両手を広げて待っていた。  いつ会っても綺麗に後ろで結われた白髪のお団子、シワひとつないワンピースにエプロン、丸い眼鏡からこちらを見つめる瞳は今日も優しく煌めいている。 「あらまあ、今日はエマも来てくれたのね! 最後に会ったのはいつだったかしら? 今日は冷えたでしょう。あ、そうそうノア! この間お隣さんから頂いた特別な茶葉があるの、きっと貴方も気にいるわ。エマはココアとレモンティーどちらの気分かしら? リリーお嬢様! ノアとエマがいらっしゃいましたよ〜!」  返事の隙を与えないマシンガントークも健在だ。しかしその間も二人の上着を預かりテキパキと部屋へと案内してくれる。  マーサはもう何十年もこの家に仕える家政婦で、お客様をもてなすのが何よりも生きがいという女性である。  ノアとエマは相変わらずのマーサの様子に思わず笑ってしまった。ここ最近IDEOの核心に迫る仕事が続いていたことで、思っていた以上に上手く呼吸が出来ていなかったようだ。  二人が笑うと、マーサも一層目元の皺を深く刻んだ。エマが元気一杯に応える。 「マーサ、あたし今日はココアがいい!」  心の霜が解けていく感覚がした。
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