胡蝶の夢

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胡蝶の夢

 二階へ上がり、右手の廊下を進み二つ目の扉の前で止まる。マーサがコンコンコンと優しくノックをした後に扉を開いた。  正面には大きな窓があり、レースのカーテンからは外の日差しが差し込んでいる。まだ冬の初めではあるが、暖炉型のヒーターの炎はゆらゆらと揺れている。  三人が部屋に入ると、窓際に置かれたベッドで横になっていた女性が上体を起こそうと緩慢に動いた。すかさずマーサが支えに入る。 「無理すんなよリリー、あたしらに気遣う必要なんざねーって」 「いいえ、今日は調子がいいの。二人ともいらっしゃい。随分久しぶりな気がするわ」 「調子が良いなら何よりだ。エマは三ヶ月ぶりかな? 僕は先月も来たろう」 「あら、そんなものなのね。ベッドの上の生活は退屈だから、毎日がとても長く感じるんだわ」  リリーと呼ばれた女性はそう言って冗談めかして笑った。雪のように白く長い髪は外の光を受けてきらりと輝いて見えた。彼女の顔の上半分には火傷の跡があった。時折開かれる瞳は白濁している。  その華奢な体躯故に、ダブルサイズのベッドがクイーンサイズに見えてしまう。少女といった方がしっくりくるが、歳はノアと同じく二十四歳である。  二人がロッキングチェアに腰掛けて一息ついた時には、マーサは紅茶を二杯とココアを一杯、それにマドレーヌを持って上がってきた。  マーサも一緒にと誘ったが、仕事が溜まっているからと断られてしまった。 「マーサにひ孫が出来たの。その子に会いに年末は隣町へ行ってしまうから、今のうちに仕事を片付けてくれているのよ」 「それじゃあその間家のことは誰がやんの?」 「今だって力仕事全般は家事ロボットに任せているし、食事も温めるだけの完全栄養食を常備しているわ。どうしても私も連れて行くって聞かないから、代わりのヘルパーさんを雇うことで手を打ったの」 「くれぐれも信用できる人を選ぶんだよ。大きな屋敷にか弱い女性一人とあっては、用心し過ぎても足りないくらいだ」 「もう、心配しすぎよ! 大丈夫。マーサの昔からのお手伝い仲間だそうだから」 「心配しすぎなんだよな~ノアは~」 「ねー♪」 「君達が不安にさせているんだよ……」  そうして三人はくだらない話で笑いあった。
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