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◇ ◇ ◇
「あははっ! もう、こんなに笑うのは久しぶりだから頬っぺたが痛いわ」
「もっと聞かせてよ、ノアが子供の時の話!」
「そうねぇ。じゃあ近所の大きな犬が怖くて、私に泣きついてきた時の話なんてどうかしら」
「二人とも、もう僕の擬似夢は要らないらしいね」
「なっ! やっぱ今のなし!」
「私も、ぜーんぶ忘れちゃった!」
そう言って笑うリリーは、目尻の涙を細い指で拭った。そして、食後のデザートをねだる様な声音でノアに尋ねる。
「ね、ノア。今月の擬似夢はなぁに?」
「オーロラの擬似夢にしたよ。これからの季節にぴったりだろう」
「オーロラ! 素敵、私人生で一度は見てみたかったの!」
擬似夢での体験を、人生の経験かの様にリリーは言った。
「リリー、ちゃんと食事を摂って少しずつ体力をつければ、君だって世界中を旅することは出来るんだよ」
「そーだよ! 何も綺麗なもんを見るだけが旅行じゃねぇ! 美味いもんいっぱい食べたり、でっけースパで寛いだりさ!」
「ええ、そう…… よね」
一度は納得しようとしたが、リリーの表情は曇っていった。
「でも、目を瞑ればあんなに素敵な世界が広がっているのに、現実で辛い思いをする必要はあるのかしら」
「所詮は擬似夢だ。全部偽物の世界だよ」
「偽物でも、それが私には全てなの。こんな痩せ細った身体じゃ、庭に出るのにも息が上がる。でも夢の中なら私は自由よ。いくら走り回っても疲れない。見たこともない世界へ飛んでいける。……毎日毎日、目を覚ますたびに思うの。夢の中の私が、本物の私なら良いのにって––––」
「僕はそんな事のために擬似夢を作ってるんじゃないっ……!」
「おい、ノア」
エマに控えめに止められる。怒りの感情を隠すことができなかった。
生きることから逃げようとする彼女に対してではない。彼女にそう思わせてしまった己の擬似夢に対して、ノアは憤らずにはいられなかった。
「良い学校へ行くために勉強をして、お金を稼ぐために働いて、それと何が違うの? 美しい夢を見るために色のない今日を生きている。綺麗なあの子になりたい、お金持ちの社長になりたい、それと一緒。夢の中の私になりたい。何も変わらないわ」
「変わるさ、全然違う。学歴や収入や、そこで得た友も、身につけた技術も、その全てが生きた証だ。でも夢は醒めれば消えて無くなる。生きてさえいれば、綺麗なあの子にもお金持ちの社長にも近づくことはできる。けれど夢の中の君には、どう足掻いたってなれやしない。夢は夢なんだから」
短い沈黙の後、リリーが口を開いた。
「ねえ、エマ。マーサにお茶のお代わりをお願いできる?」
二人で話がしたいという意味なのはエマにだって分かっていた。
しかし、このピリついた空気のまま席を立って大丈夫なのかと、エマがノアをチラリと見る。ノアが、大丈夫だと言う様に頷いた。
仕方なく、エマが席を立った。あんなに楽しいお茶会だったのにと、痩せた背中が語っていた。
ガチャリと閉められたドアが終わりを告げている様だった。
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