安楽夢

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安楽夢

 窓の外には夕焼け空が広がっていた。近所の子ども達が遊びを終えて家路に着く笑い声が聞こえて来る。 「懐かしいね。昔はエリックよりも私の方がやんちゃだった。木登りだって駆けっこだって……  ノアは最初だけ付き合って、気づいたら木陰で本を読んでたっけ」 「二人のお守りは大変だったよ」 「あはは! いつも嫌がるノアを二人で引っ張って行ったね。……そんな日がずっと続くと思っていた。あの火事がなければ」 「ホワイト家のみんなは、僕にとっても家族同然だったよ」 「本当に、ノアのことも我が子の様に可愛がっていたわね。 ……ねえ、貴方さっき、綺麗なあの子にも近づけるって言ったけど、それは嘘よ。私のこの醜い顔は、どうやったって誤魔化せない」 「君は醜くなんかない」  リリーが乾いた笑い声を漏らす。  卑屈と諦めで作り上げられた笑い声を。 「ノアは本当に優しいね。どんどん素敵な紳士になっていく。それに比べて私は、あの火事の頃から何も成長していない。お隣の家の赤ん坊の声が、いつの間にか『ママ、パパ』って言う様になって、その子が通りを駆け回る音が聞こえる。なのに、私は日に日にベッドから起き上がる回数も減っていく」  ノアは彼女の言葉を遮ることが出来なかった。彼女の声が徐々に震え、鼻を啜る音がして、ただ、彼女を抱きしめることしか出来なかった。 「私のウエディングドレス姿を早く見たいと言ってくれたお母様はもう居ない。彼氏を連れてきたら一発殴ってやるって言ったお父様ももう居ない。目を瞑ればみんな笑いかけてくれるのに、みんなみんな何処にも居ない…… ねえ、ノア。貴方はいつからこんなに逞しくなったの? ねえ、ノア、世界がどんどん進んでいくの。私を置いて行ってしまうのよ」 「置いていかない、誰も置いていかないよ。一分一秒、みんな平等に時は進んでいる。みんな一緒に生きているんだよ。仮に世界中が君を置いてけぼりにすると言うのなら、僕だけは待っているから、君の手をちゃんと握っているから」  リリーの白濁した瞳からは涙が止めどなく流れていた。  こんなに小さな身体でこんなに泣いてしまっては体力が保たない。ノアはサイドテーブルの水差しの水をコップに注ぎにいった。  それをリリーに飲ませようと近づくと、彼女は小さくつぶやいた。 「安楽夢を作って欲しいの」
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