夢物語

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「マーサとどんなコソコソ話をしていたの?」 「僕が来たのもお見通しか」 「目が見えないと、耳が良くなるのよ。それで、昨日の続きがしたいのかしら?」 「逆さ、声を荒げたことを謝ろうと思って。昨日はごめんよ。君がいなくなると思うと、冷静でいられなかった」  リリーはもう目に涙を浮かべている。ノアはベッドの傍に腰掛けて、彼女が話し始めるのをそっと待った。  少しして、彼女が口を開く。 「ノアはハンサムで聡明で、街中のご婦人達の注目の的だってマーサが言っていたわ。私は小さい頃から貴方と時間を共にしてきたのに、大人になった貴方の顔も分からない」  震える彼女の手を優しく握った。 「家族とマーサに囲まれて、この家でいつまでも幸せに過ごしていたかった。いつか大人になって結婚をして、皆に惜しまれながらこの家を旅立つ日を夢見ていた。けれど私は今もこの家で独りぼっち。あるのは過去への執着だけ」  そこまで言うと、彼女は己の罪を懺悔するように、深呼吸を一つしてから言葉を続けた。 「……ごめんなさい。私はノアの幸せを喜んであげられない。貴方が私の知らないところで、私の知らない幸せを掴んでしまうのなら、その時本当に私の心は壊れてしまう。その日を恐れて生きるくらいなら、いっそ……」  しゃくり上げて言葉を続けられないリリーの背中を優しくさする。ノアが言葉を紡いだ。 「一生懸命話してくれた手前言い難いんだが、君の言葉は殆ど的を得ていないよ。街中のご婦人だとか、君の知らないところで幸せを掴むだとか、てんで的外れだ」  リリーは何のことやらと言った様子でノアの方を見上げる。彼女の頭上にクエスチョンマークが飛び交っているようで、ノアはくすりと笑った。 「僕はね、通りに新しいパティスリーが出来れば、真っ先に君へのお土産を見つけに行くんだ。季節が移ろえば、君が体調を崩してやいないかってそればかり考える。君が存外元気だと分かれば、上手くいけば外へ連れて行けるかもしれないと、いくらでも想像を膨らませる。僕の人生はね、君を抜いては語れないんだよ。今までもこれからも、君のいない人生なんて考えられないんだ」  ノアはリリーの涙を指で掬ってやった。 「綺麗事はやめよう、世界は君に優しくない。それは揺るがない事実だ。愛する家族を奪われ、世界の色を失って、君に前向きに生きろと言うことほど無責任なことはない。だから、これは君さえ良ければなんだけど……」  ノアはその先を続けるべきか悩んだ。しかし、今の彼にはこれ以外の手が見つからなかった。
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