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僕ではない誰か
◆ ◆ ◆
最初は、旅行に行くのだと思った。お父さんが大きなキャリーケースを引っ張り出したから。けれどすぐに違うと分かった。
「ノア、前に父さんのお仕事の話をしたろう? みんなを助けるお薬の話だ」
「うん」
「それを作るには、もっと大きな研究室が必要なんだよ。だから––––」
「大きなお家に引っ越すんだね! ねえ、ぼくのブランケットは持っていってもいい?」
あの時のお父さんの顔を、今でもよく覚えている。
「ああ、ノア…… ごめんよ、お前を連れてはいけないんだ。いいかい、これからはロバーツおじさんのお家で暮らすんだ。エリックは覚えているだろう? 大丈夫。薬を完成させたら、すぐに帰ってくるから」
いやだ、いやだよお父さん。ぼくを置いていかないで。
ぼくは深い深い闇の中に吸い込まれていく。お父さんは、ぼくが何度呼んでも振り向いてはくれない。
扉が閉じられる。
ぼく、良い子に待っているからね––––
◆ ◆ ◆
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