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忘れることができたなら
エリックの話はこうだった。
エリックの少年団時代の恩師、ベンソン・モーズリーが今回の依頼人だ。彼には妻と娘、そして息子が一人いた。
◇ ◇ ◇
ちょうど一年程前のことだった。その日は記録的な大雨だった。ベンソンは仕事を早く切り上げて、スクールにいる娘を車で迎えに行った。スリップ事故が起きたようで、二人は長い長い渋滞を強いられることとなった。
車で数分の距離をその日は一時間もかける羽目になったが、それも悪いものではなかった。
朝早くから出勤し、子供が寝静まってから帰る生活。娘との久方ぶりの会話のキャッチボールはベンソンの心を癒してくれた。車外の大雨とは対照的に、車内には幸せな時間が流れていた。
彼らが家に着くまでは––––
異変にはすぐに気が付いた。鍵がかかっていない玄関扉、真っ暗な室内、倒れた観葉植物––––
ベンソンはすぐに娘をお隣さんに預け、警察に連絡を入れるよう伝えた。
リビングはどこもかしこも滅茶苦茶だった。皿に盛られた四人分のビーフシチューは床に散乱し、割れた破片が飛び散っていた。つけっぱなしのテレビから、コメディアンの楽しそうな笑い声が響いていた。
庭へと続く窓の近くに、息子に買ってあげた野球バットが立てかけてあった。ベンソンはそれを持つと二階へ上がった。
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