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6 貴族令嬢だって働きたいんです
手紙を出して早二日。
返事が来ると淡い期待を持っていたコレットの想いは早々に打ち砕かれた。
トリスタンとは入れ違いのように、王太子と共に視察に出たようだった。もし早めに手紙を出していたら、こんなすれ違いは起こらなかったかもしれない。でも王太子の側近なら婚約者が帰ってくるとしても付いていかなくてはいけないだろう。
結局やる事もなく、グレンツェ領から持ち帰った契約書の写しを見ながらも、身が入らない思いで窓の外に目を向けた。
帰って来たばかりだというのに、すでにグレンツェ領での生活が恋しい。友人も沢山出来たし、仕事も楽しい。自分がこんなにも仕事に熱中出来る人間だとは思いもしなかった。だからこそ新しい扉を開いてくれた友人達が新鮮だった。
そのほとんどは貴族よりも商人や店の娘達、意見を聞く為に知り合った娼館の女性達だった。娼館の女性達と友人になったなどと言ったら両親はひっくり返ってしまうだろうが、彼女達は美に対する意識が貪欲で、為になる意見を沢山くれる。それが楽しくて仕方なかった。
あれこれと思い返していると、更にグレンツェ領が恋しくなってきてしまう。きっとグレンツェ領に行くと決めなければこんな積極的な自分にはなっておらず、今も化粧に悩み、茶会や夜会に精を出していた事だろう。別にそれが悪いと思っている訳ではない。現に自分がグレンツェ領で見つけてきたのは、そういった華やかな場でこそ使う物ばかりなのだ。
「試したいけれど、それにはやっぱり出席しなくてはいけないのよね」
ぽつりと呟いた所でルネが入ってくる。手には一通の手紙を持っていた。急いで立ち上がるとルネの手から手紙を覗き込む。そしてその差出人にがっくりと肩を落とした。
「開けてみて」
「宜しいのですか?」
「いいわよ。読んで頂戴」
差出人は国王陛下だった。毛先を弄りながらルネの言葉を待っていると、呆れたようにルネが手紙を開いた。
「普通のご令嬢なら陛下からのお手紙に、お喜びになられるところですがね。それでは代読させて頂きます」
するとルネはすぐに小さな悲鳴を上げた。
「大変ですお嬢様! 陛下がお嬢様の為に夜会を開かれるそうですよ!」
「なんですって!? 絶対に嫌よ!」
第一声がそんな言葉だなんて自分でも驚いたが、はしたなく大声を出してしまう程に突拍子も申し出だった。
「私の為に夜会だなんて気が触れたのかしら。侯爵家とはいえ、跡取りでもないただの娘よ。そこら辺によく転がっているじゃない」
「いや、侯爵令嬢はそこら辺には転がっていませんけどね。それよりもどうしましょう、日にちが迫っています!」
恐る恐るルネの持っている手紙を覗き込む。するとそこには、“開催日は本日から六日後とする“と記載してあった。
「……六日後、六日後に夜会。やだ、早い。無理よ。絶対に。心の準備が出来ないわ!」
「おそらくお嬢様が射止めてきたレア王国の品々を身に着けて来いということでしょうね」
「契約をしてきただけで商品なんてそんなに持ち帰っていないもの。陛下に献上するような立派な物なんてここにはないわ。これじゃ駄目かしら」
ぺろんと契約書の写しを出したコレットに、ルネは頭を抱えた。
「そんな色気のない紙を陛下にお見せするおつもりですか。陛下はおそらく貴族の方々にコレット様の偉業を見せつけたいのですよ。闘争心に火でも付けたいのでしょう」
「それよ。きっと貴族同士で競わせて王族に反旗を翻す者を炙り出出す気なんだわ! きっとそうに決まってる!」
「……妄想はそのくらいにしておいてなんとか手立てを考えましょう! 旦那様が帰られたらすぐにご相談して……」
「そんな時間はないわ。一刻も早くグレンツェ領に手紙を送るわよ」
「送ってどうされるのですか?」
「ブツを持ってきてもらうのよ!!」
「……お嬢様、すっかり商人になられましたね」
ルネの言葉を頭の片隅で聞きながら、早速グレンツェ家当主に手紙を書いた。
「それでも間に合わないわよね。一応手紙は出すけれど、正直に話すしかなさそうだわ」
「でも陛下はレア王国の特産を楽しみにしていると考えると、持っていないというのははやり不穏な空気になる気もしますね。まだ六日あるので夜会を遅らせるというのはどうでしょうか?」
コレットは手紙を机の上に置いて、深い溜め息を吐いた。
「すでにこの手紙は他の招待客にも届けられているはずよ。それを考えると日程を変更するのは得策ではないわね」
おおもむろにペンを回し出す。そしてふと、思い立った。
「多くはないけれど、現在出回っている品を購入しましょう。持ち帰った物と合わせてそれを献上品とするのよ」
「でもロシニョール家が買い占めたとなれば噂が立つのではありませんか?」
「レア王国の宝石に価値があるのはその加工技術にあるのだから、宝石よりもその加工が見られればいいはずよ。だから買い占めなくとも幾つかの際立った物があればいいはずだわ。それに我が国でも良質な鉱石が取れるのだから、本国の宝石にレア加工をした唯一無二の物を後日献上するとお約束すればいいんじゃないかしら」
「そんなお約束をして大丈夫ですか?」
「うっ、それはシモンお兄様に頑張ってもらいましょう」
「まさかあの首飾りを献上したりはしませんよね?」
ルネはとっさに引き出しに視線を送った。コレットはとっさにその引き出しを押さえた。
「これだけは絶対に駄目よ。それに他の者から見たら特別価値があるものではないわ」
「そうですね。お嬢様にだから価値があるのですよね」
二人で頷くと、再び頭を抱えたのだった。
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