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2 やっぱり女は顔ですか?
広場に用意されていた椅子はすでに埋まっていたが、試合が見える一番いい席は王族のもの。その場所から少し離れた所に、ジャンはちゃんと席を取ってくれていた。席の番の為に座っていた友人に礼を言うジャンの後ろからコレットも会釈をする。すると、ジャンの友人は少し驚いたような顔をしてからそそくさといなくなってしまった。
「ココ? 早く座ったら?」
不快な思いを払拭するべく気持ちを切り替えると、コレットはさっそくトリスタンを探す為にかなり広い練習場兼広場を見渡した。
「トリスタン様の出番はいつ頃か知っている?」
ソワソワしながら辺りを見渡すも広場にトリスタンの姿は見えない。始まる前に一言声を掛けたかったが、席を立つには混みすぎていた。
「まさかあのお方がジャン様の? 嘘よ……」
「違うわ、確かお姉様よ。ほら、トリスタン様のご婚約者!」
その時、悲鳴にも似た声が上がって振り返ってしまった。令嬢達は愛想笑いを浮かべるとすぐに明後日の方向を向いてしまう。コレットは我慢して前を見た。それでもこそこそと令嬢達の話し声が聞こえてくる。気分の良いものではないが、いちいち目くじらを立てていても仕方ない。ジャンと比べられるのは慣れっこだったのでいつもように聞き流していた所で、とうとうトリスタンの姿が目に入った。トリスタンは広間を見るようにして日陰の廊下に立っていた。数人の男達に囲まれている所を見ると、皆交流戦に参加する人達なのだろう。どうしても声が掛けたくて、コレットは立ち上がっていた。
「どこに行くんだ? もうすぐ始まるぞ」
「トリスタン様の出番はまだでしょう? お花摘みに行ってくるだけよ。だからあなたも着いて来ては駄目よ」
「待て待て、迷子になるから俺も行くよ!」
「そしたら席を取られてしまうじゃない。すぐに戻るわ、子供じゃないんだから」
後ろでまだ何かジャンが言っている。それでも人の多さに声は掻き消されてしまっていた。
トリスタン達は、見つけたままの場所で雑談をしているようだった。
他の者達よりも少し背の高いトリスタンの赤い髪が目に留まる。後ろで束ねた赤い髪と、広い背中に綺麗な立ち姿。トリスタンのものだというその後ろ姿だけで、胸がうるさいくらいに高鳴ってしまう。簡素なシャツに皮のズボン、腰にはトリスタンによく合う長剣が下げられている。着飾らなくても格好良いトリスタンに見惚れながら近付いて行くと、声をかけようとした所でふと足と止めた。広場の騒がしい声は廊下まで聞こえてきている。三人は広場を見ながら話しているので後ろから来ているコレットには気が付いていないようだった。
「今年も結局俺達の圧勝で終わるだろ。いつもの事さ」
「というか交流戦自体が退屈じゃないか? お前達の誰かがいい加減になくならないか交渉しろよ」
一人が大あくびをした所で、トリスタンがその者の肩を軽く小突いた。
「未来の騎士や兵士達の実力を示す大事な大会なんだ、軍事力にも影響するんだぞ。なくならないかなんて陛下に交渉してみろ、その首が飛ぶかもしれないぞ」
友人の内の一人は慌てたように首を擦った。
「冗談だって! やるからには全力でやるだけさ」
ーーあぁ、ご友人とご一緒の貴重なトリスタン様だわ。私も小突かれたい。
心の中で悶ながら声を掛けようとした所で思わぬ名前が聞こえてきた。
「そいうえばお前達も婚約者は来ているんだろ? 後で紹介しろよ。あぁでもトリスタンの所は別にいいからな。もうコレット嬢は何度も見ているから」
「確かに! 毎月会いに来ているもんな。健気と言うかなんと言うか。正直俺ならげんなりするけど、お前は平気か?」
「俺は、別に」
トリスタンが友人に同調しなかった事で心の中に安堵が広がっていく。それでも声を掛ける機会を失ってしまっていた。
「まぁ愛らしさはあるよな、コレット嬢は。お前しか見えてなくて一生懸命な所とか。でも弟が弟なだけに霞むと言うか、見劣りすると言うか? だからあんなに化粧が濃いのかな。正直、先月見かけた時は驚いたな」
一気に顔が熱くなる。自分の容姿を否定された事よりも、トリスタンに恥をかかせてしまった事の方が申し訳なくて恥ずかしかった。その時、不意に肩を引かれた。振り返るとジャンが息を切らして追いかけてきていた。その顔を見た瞬間、涙が溢れてしまう。ジャンはトリスタン達の背中を睨み付けながら、目に付いた部屋にコレットごと押し入った。
そこは用務室で、椅子や机、ロープや弓矢の練習用の的などが置いてあった。
「どうしてこんな場所に入るのよ」
「酷い顔していたから。それじゃあトリスタン様に会えないだろ」
その時、歩き出したのかトリスタン達の声が近付いてくる。
「コレット嬢の顔は中の上って所だよな。可愛いと思うよ、犬みたいにお前の後を追い回している所も含めて。お前もまんざらでもないんだろ? なんだかんだ言ってもコレット嬢が来たらちゃんと時間を取ってるしな」
恥ずかしくて俯いた瞬間、思いがけない言葉が返ってきた。
「コレットは中の下だろ。後を追いかけてくるのも迷惑しているくらいだ。政略結婚なのに毎月は正直参る」
「中の下とは……自分の婚約者に容赦ないな、トリスタンは。そりゃ確かにシルヴィー嬢は誰が見ても綺麗なご令嬢だけど、子爵だろう? お前とは身分が釣り合わないじゃないか。身分が釣り合ってなおかつ自分の好みの女性が妻になるなんて、そんな夢のような話はないない!」
笑いながら騒がしい声が遠くなっていった所で、コレットはドアノブに手を掛けたジャンの服を思い切り掴んでいた。ジャンは怒った顔で振り向いた。
「……離せ、ココ」
「何するつもり? 相手は公爵家なのよ! それに皆あなたの先輩なの!」
「それでも許せない! ココを馬鹿にしやがって、絶対に許さない!」
「私の事はいいの! トリスタン様は何も間違ってはいないもの。私が婚約者になれて舞い上がっていただけ。だからジャンが怒ることなんて何もないのよ」
ジャンの手がドアノブから離れてコレットを抱き締めた。
「ココは可愛いよ、順番なんか付けられないくらいに」
「ねえジャン、シルヴィー嬢って誰なの? トリスタン様と関わりがあるのか何か知っている?」
するとジャンの体が震えているのが分かった。嫌な予感がする。それでもジャンの顔を覗き込んだ。
「別に大した事ないよ」
「ジャン? 隠し事しないで」
観念したのか、ジャンはもう一度コレットを抱き締めた。
「シルヴィー嬢はトリスタン様に会いに来た事があるんだ。俺も小耳に挟んだだけだけど。仮に言い寄られていたとしてもコレットがいるんだからちゃんと断ったと思う。それ以来、シルヴィー嬢は来ていないみたいだし」
「そんなの分からないじゃない。現にジャンは私が毎月来ていた事も知らなかったわよね」
「大丈夫だよ、トリスタン様は浮気なさるようなお方じゃない!」
「それは信じているわ。ただトリスタン様にご迷惑をお掛けしていた事の方が辛いわ」
コレットは化粧がよれるのも気にせずにハンカチで目元を拭うと、ジャンから身体を離した。
「どこに行くんだよ? まさかそのまま広場に戻る気か?」
「そんな訳ないじゃない。そんな事したらあの女性達の格好のネタになってしまうわ。それこそ、トリスタン様に更にご迷惑をお掛けしてしまうもの」
「コレット様? どうされたんです!」
馬車の中で待っていたルネはコレットの姿を見つけると飛び出していた。ジャンがコレットを隠すようにして足早に歩いてくる。遠くからは交流戦が始まったのか、大きな歓声が湧き上がっていた。
「ココをこのまま屋敷に連れ帰ってくれ」
コレットを覗き込んだルネは悲鳴を上げた。
「コレット様、黒い涙が……!」
「馬車の中で出来るだけ化粧を直してちょうだい。このまま帰ったらお母様が卒倒するわ」
ルネはジャンを見ながらコレットを馬車の中に入れた。
「俺も近いうちに休みをもらって帰るから、それまでココを宜しく頼む」
「ジャン、くれぐれもさっきの約束を忘れないで」
返事をしないジャンに、コレットは窓を軽く叩いた。
「分かっているよ、トリスタン様には何の非もない。これでいいんだろ?」
「そうよ、私達は政略結婚なの。だからなんの問題もないのよ、目が覚めた気分だわ。むしろお礼を申し上げたいくらい」
馬車が進み出す。
「強がっちゃって」
ジャンは盛り上がりを見せる
訓練所の中へと戻っていった。
「ジャン! ジャン・ロシニョール!」
廊下で呼び止められたジャンは、心の中で舌打ちをしながら後ろを振り返った。案の定、今一番会いたくない男が立っていた。年は一つしか違わないのに見上げる程に背が高く、がっちりした身体のトリスタンだった。
「何かご用でしょうか?」
「コレットの姿が見えないが知らないか?」
「姉は来ておりません」
「来てない? 何故だ」
ジャンは今すぐに吐き出してしまいたい罵声を飲み込んだ。
「お言葉ですが、トリスタン様は姉を招待されましたか?」
「……いや、していない。というか誰も招待していない。交流戦など娯楽のようなものだ。わざわざ家の者を呼ぶ程の事でもないと思っていた」
「ならばよろしいのではありませんか?」
「でもコレットは来ると思っていたんだが」
「何故です? 姉は招待もされていない場所にのこのこ来るような恥知らずではございません。それに、私は試合には出場出来ませんので家族を招待しませんでした」
「そうか」
「それでは失礼致します。交流戦、応援しております」
「あぁ、ありがとう」
「トリスタン様なら応援などなくとも圧勝だと思いますけれどね」
にこりと笑みを浮かべると、ジャンは足早に広場へと戻っていった。
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