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「Kumari」
私の身体は生まれながらにとても健康であった。
黒曜石のような大きな黒目と、繊細できめ細やかな肌を持ち、美しい動物のような肢体を有しており、特にその中でも脚の骨格の完璧さは人々を浮足立たせた。
けれど、精神的には不安定で、脳の作りに問題があるようだった。
その為、幼い頃に突然わけもわからず、切り落とされた牛の頭の並ぶ薄暗い部屋に連れて来られた時にも、声一つ上げることが出来ず、感情の揺れを感じることはなかった。
壊れていたのだ、心が。
壊れていたのだ、元から。
そんな私に良く望まれるのは、無表情。
得意だった。
何も想わないからだ。
声を上げて笑うことも、涙を流して喚くことも、眠たくてぐずることもなかった。
気に入らないことも、不安なことも、困惑することも、満足することも、何もなかった。
欲しい物もないので、捧げられた供物に手を伸ばすこともない。
指先は汚れることなく、自由に動き回りたいと思うこともなく、決められた時間に決められた場所で決められたようにしている。
だから、皮膚が裂けるようなこともない。
真っ赤な衣装を纏っていて、額にも真っ赤な第三の目が描かれているけれど、私は自分の身体にもこの色と同じ色の命の証が流れていることを知らない。
見たことがなかったからだ。
とても億劫だけれど、予言と言うものをしなければならない時がある。
学ぶことを許されていなかった為、多くの言葉を知らない私は意味深な声を歌うように告げる。
それが響こうと、響くまいと、その後のことを考えることもない。
私はずっと眠っているように生きている。
まるで生まれていないように生きている。
こうやって生きていくと思っていた。
それが、狂っている自分には一番良いのだと安心しきっていた。
この鉄格子の内側の玉座に閉じ込められていれば、狂気は暴れ出したりしないのだから。
それなのに。
私には、性別と言うものがあったらしい。
一度たりとも穢すことは許されなかったはずの太ももを伝う、赤い筋が私を自由へと導いた。
神殿を出ることになり、私の中の死んでいた感情の全てが産声を上げる。
それは、閉じ込め崇め奉られていた神であった私の終わり。
人になった瞬間だと言う。
けれど、残念ながら私はまともな人間ではなかった。
結局私は、鉄格子の中。
少し違うのは、私の身体はもう血まみれだと言うことだけ。
それだけ。
それしか大した差はない。
ずっとあそこにいれば、誰も死なずに済んだのに。
ずっとあそこにいれば、誰も殺さずに済んだのに。
私は、私を祭り上げていた小さな村の人々の歴史を残さず奪ってしまった。
それだけの力を持っていた。
だって私は神の生まれ変わり。
何の力もないはずがないじゃないの。
せめて、自分の命を終わらせることが出来れば良かったのにね。
もう飽きたから、ここも出るわ。
どこへ行きましょう。
この、持て余した力を隠しておくことはもう出来ない。
どこまでも行ける。
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