前菜「ヤヨちゃんは、注文が言えない」

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 また別の席の呼び出しボタンが鳴った。今の時間帯は一人でフロアを回しているらしい。 「焼き方はいかがいたしましょう?」  まだ聞いてくるのかよ、とヤヨちゃんは思った。  こんなことなら無難(ぶなん)生姜(しょうが)焼き定食にしておけば良かった。これなら最初からご飯だし、焼き方を聞かれることもない。  ヤヨちゃんはメニューを確認するのだが、焼き方の文字は何処にも載っていない。口頭(こうとう)で言わなくてはならないらしい。  ふ、という言葉を出そうとする。しかし、声が出ない。  口の中がカラカラに渇いていた。テーブルの上にある水を飲みたいのだが、それは今の空間では許されそうもなかった。 「レア、ミディアム、ウェルダンとありますが」 「ふ、」 「はい?」  消えてしまいたい。この場から蒸発してしまいたい。汗はいつの間にか引いていて、今度は心臓が体内で暴れまわっているかのように高鳴っていた。  ヤヨちゃんは意を決して、お腹に力を込める。思い切り息を吸い込み、声を発するための空気を取り込む。 「ふつ、ふ、ふっ、」  それでもようやく出てきたのはそれだけだった。 「普通、ということですか?」
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