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「おじいちゃん、車のキー貸して」
玄関で声を張る。
「……おじいちゃん?」
そんなに耳は遠くないはずだけど。
トイレかな。仕方ない、取りに戻ろう。靴を脱いでリビングへ向かう。
ふと、足に何かが当たった。ジャガイモだった。
その先で、人が倒れていた。さっきまで元気に運転していた人だった。動揺しているはずなのに、ひどく冷静でもあった。
遂にこの時が来たんだ。
救急車を呼んで、衣服を緩めて、救急隊員が通るのに邪魔な物をどかす。
おじいちゃんは、待っているうちに大きないびきをかき始めた。
病院についてすぐ、学校に連絡した。学校というよりは担任の青木先生に。土曜日でも大抵は出勤しているらしく、すぐに電話は繋がった。
『何かあったら、いつでも話してくれていいからな』
何か月か前の彼の言葉を、その時の表情を、なんでか今、思い出していた。
仕事中に迷惑をかけたくはないけれど、生憎頼りにできそうな大人は先生以外思い付かなかった。
電話ですぐに行くと言った先生は、本当にすぐに来た。ICUには家族しか入ることができないから、先生は外で待っていることになった。
「木下、病室にいるときは先生の事は忘れて、ただそばにいてあげて。でも、そこから出たら僕がいるからね。忘れないで」
「忘れろか、忘れるなか、どっちかにしてください。……でも、ありがとうございます」
病室で、本当に私は言葉通り、そばにいることしかできなかった。時々思い出したように名前を呼んで、手を握っているだけ。おじいちゃんの命があとほんの少しなんだということはお医者さんや青木先生の反応でも容易に想像できた。
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