四章 夕暮れ

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四章 夕暮れ

タイ料理屋さんを後にする頃には、もう夕暮れにさしかかっていた。 天真爛漫でどちらかといえば幼く見えていた彼女の横顔が、どこか儚げで大人びて見えたのは、彼女を照らした夕日のせいだろうか。 長いまつ毛の影が朱色に染まった頬の上を踊っていた。 「シュンさん、今日は、楽しかったですか?」 「うん、楽しかったよ」 僕がそう言うと、彼女は安心したようにはにかんで俯いた。 「シュンさんは、絵...好き、ですよね?」 「...うん」 「じゃあ絵、描くのも好き!ですよね?」 そう言いながら彼女は通せん坊をするように、僕の前に躍り出た。 「...好き、だけど」 「じゃあ今度、映画もいいけど。私見たい、シュンさんが絵を描いてるところ!」 たくさんの絵を行ったり来たりしていたあのキラキラとした目が、今はまっすぐ僕だけに向けられていた。その瞳から溢れる光が、まるで僕の心の影を刺してくるかのようで痛かった。 ただ絵を描くのを見たいと言われているだけだ。それにこの前なんて描いた絵をあげたじゃないか。それなのに。そんな目で改まって言われると、僕の心はざわついた。一度諦めて奥底に埋めた夢を掘り返されているみたいで。 「...うん、いつかね」 気のない返事になってしまったと思う。僕が乗り気じゃないことは、つい最近知り合ったばかりの彼女でもわかってしまっただろう。僕の返事を聞くと、彼女の眉は残念そうに下がった。 「...はい、いつか」 消え入りそうに溢れた声、伏せたまつ毛。 刹那、彼女が泣き出してしまいそうな、そんな予感がした。 「え...ぁ...」 目の前で女の子が泣いてしまいそうな時にかける気の利いた言葉なんて、恋愛初心者の僕が持ち合わせているはずがなかった。どうしよう、何を言えば。 夕焼けが彼女の柔らかな髪を栗色に温めていた。その一本一本が、伏せたまつ毛が、悲しそうに揺れる瞳が、彼女の体を縁取る輪郭が、その全てがこのまま春の夕暮れに溶けて消えてしまいそうで。 その美しさに言葉を失ってしまった僕は、彼女を笑顔にするにふさわしい言葉を必死で探してみるのに、やっぱり何も見つけられなくて。 けれど次の瞬間、彼女は弾かれたように顔を上げた。その時には、彼女はまたあの眩しいほどの笑顔に戻っていた。 「じゃあ、今日はここで!ありがとうございました、すーっごく楽しかったです!」 「えっ」 ものすごい勢いで言い終えるや否や、出会ったあの日と同じように止める間も無く、踵を返して走り出した彼女。 一歩、一歩。彼女が駆けるその足元で、花びらが小さく舞い上がった。その日僕は、オレンジに染まった桜のカーペットの先に彼女が見えなくなるのを、いつまでも見送っていた。  
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