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保育園が終わり自室に戻った私は、机の引き出しからあるものを取り出した。
それは…『20XX年3月2日』が刻まれた金色のプレート。
美雪ちゃんが私に何かを話そうとした日のプレート。
保育室で聞き回った質問に対し、私が求めていたことを答えてくれた子がいた。
『花実ちゃんが前に持ち帰ってたのを私、見たよ。たしかお遊戯会の少し後』
もしも、3月2日に、美雪ちゃんが私に伝えようとした本当の内容が、
引っ越しのことだとしたら、
3月2日の私は、きっと今の私と同じことをしようとすると思ったのだ。
美雪ちゃんの衣装を縫い直して、彼女に返すこと。
そしてその考えは、妖精さんの言葉で確信に変わった。
妖精さんの言う、尖った針はきっと裁縫針だ。
3月2日、引っ越しのことを聞いた私は、
衣装を家に持ち帰ったのだ。そして、彼女の衣装を縫い直したのだ。
けれど…。
部屋のどこを探しても、その衣装は見つからなかった。
そして私は手元のプレートを見る。
だから、このプレートを、妖精さんに返すことにしたのだ。
私の記憶がプレートを持っていることでなくなっているなら、
プレートを妖精さんに返すことで、その日の記憶を取り戻すことができるのではと考えたのだ。
私は、机の上の妖精さんの前に立つと、重い口を開いた。
「ねえ、妖精さん」
「なんなのだー!!」
「私、謝らなきゃいけないことがあるの」
そして、金色のプレートを妖精さんの前に差し出す。
「ごめんなさい、私、妖精さんのプレートを盗みました」
ぽかんとした表情で口を開ける妖精さん。
「だから、お願いです。私の…私の3月2日の記憶を返して下さい」
深く頭を下げて、ぎゅっと目をつむる。
瞼の裏で、瞳がかすかに滲むのを感じた。
初めから。
こうすれば良かったのだと思う。
本当に大切なものが何か、今の私ならわかるような気がした。
その時、私の肩に何かが乗った。そして妖精さんの声が耳元に響く。
「記憶を失うのは、罰なのだ」
私はきゅっと瞼に力を込める。
やっぱり、だめなんだーー。
わかりました、そう呟こうとしたその時、
「でも」
妖精さんが言葉を遮る。
「罪は、謝れば許されるのだ」
顔を上げ、肩に乗る妖精さんを見ると、彼は穏やかな表情で微笑んでいた。
そして、彼はプレートを持つと、私の額に静かに当てたのだった。
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