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<3月2日>
保育園地下1階の控室で、私は美雪ちゃんに向かい合っていた。
怯える私に美雪ちゃんは背中を向けると、一言呟いた。
「私、卒園したら遠くに行くんだ」
「え?」
ここから遠く離れた小学校に通うこと、だからもう同じ学校には通えなくなることを彼女は淡々と告げた。
「そんな」
私は弱気な声を漏らす。
その声を聞いた美雪ちゃんは振り返り、私に近づくと、静かに抱きしめた。
「だから、一つだけ心配なことがあるの」
「心配なこと?」
「花実を守れなくなる」
そして、静かに彼女は涙を流した。肩に滲む温もりを確かに感じた。
その時、私の中に生まれたのは、不安や悲しさではなかったと思う。
私は血が滲むほど強く手のひらを握り締めると、
彼女を引き剥がし、彼女を突き倒した。
そして目一杯の涙を瞳に浮かべ、彼女に向かって言い放った。
「私の心配なんて、いらない!」
ーー
家に帰ってきた私は、いつのまにか持ち帰っていた美雪ちゃんの衣装を、
一心不乱に縫い直していた。
控室での、美雪ちゃんの言葉を思い出しながら。
『花実を守れなくなる』
「くそっ、くそっ…」
ぼんやりと滲んだ視界を拭うことなく、私は縫い続ける。
そして思ったのだった。
強くなりたい、と。
ーー
裁縫が終わった後の衣装は、見るに耐えない出来栄えだった。
だから私は衣装を小包に入れると、庭にある物置の奥の奥に隠した。
美雪ちゃんに渡すその日まで、誰にも見つからないようにーー。
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