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先生のお話が終わった後も、私は一人座り続けていた。
騒がしくなる保育室の隅で、私は床をじっと見ながら昨日のお遊戯会のことを思い出していた。
お遊戯会は、保育園の年1回のお祭りごと。
年少組から年長組まで、各組が準備した催しを発表する場だ。
私たち年長組は、歌を発表する予定だった。
そして、その中でも主役は美雪ちゃんだった。
とても可愛くて、お歌がうまくて、人気者の美雪ちゃんは、
ソロで歌う部分があったのだ。
彼女はそれに合わせて、自分で特別な衣装を用意していた。
きらきらと華やかな、彼女にとっても似合う衣装を。
その衣装を着て、お遊戯会で歌うことをとても楽しみにしていた彼女の表情が忘れられない。
なのに私は…。
ーー
「花実ぃ」
その時、聞き覚えのある声が私を呼んだ。
びくっと肩を震わせ頭を恐る恐る上げる。
「優花ちゃん…」
肩まで届く髪をなびかせ、優花ちゃんとそのお友達が私の前に立っていた。
昨日、地下1階の控室で私にナイフを投げた女の子たちだった。
「昨日は、最高だったわねえ。ぷぷ」
あはははと笑い声を上げる彼女たち。
私は視線を落とす。嫌な汗が、私のこめかみを静かに伝った。
「あんたのおかげで、美雪の舞台、台無しになったわね」
あんたのおかげ。
その言葉が、私の脳内で何度も響いた。
昨日のお遊戯会。
美雪ちゃんのソロの舞台は、突然の出来事によってなくなった。
彼女が着る予定だった衣装が、何者かによって切り裂かれてしまったのだ。
何度も刃物で傷つけられた衣装はもはや、まともに着ることができないものになっていたのだ。
何者、だなんて、何をいってるんだろう。
彼女の衣装を傷つけたのは、他でもない私だった。
『はやくやれよ』
そう言って、優花ちゃんたちは私に、美雪ちゃんの衣装を切り刻むことを指示した。
彼女たちの言うことを聞かないとどうなるか、火を見るよりも明らかだった。
だから、私は、衣装を切り裂いた。美雪ちゃんがとても楽しみにしていたことを知っていたのに。
そのことは、私の胸の奥で、鉛のように重く深く沈んでいたのだったーー。
「ねえ、花実」
「…なに」
「あんた、昨日がんばったから…『仲間』にしてあげる」
「え」
思わず、私は顔を上げる。しかし、優花ちゃんの表情を見れば、『仲間』という言葉がどういう意味なのかは想像がついた。
「…いや」
「なんだって」
「いやだ」「ああ?」
その時、がしっと私の腕が強い力で掴まれた。
「仲間にしてあげるって言ってんの!」
優花ちゃんが思い切り、私の腕を引っ張る。
「やっ…」
「優花ーー!!あんたー!」
その時、美雪ちゃんの力強い声が私の後ろから聞こえた。
どんどんと足音を響かせて、彼女が私たちの方に近づいた。
「やめなさいよ」
美雪ちゃんが優花ちゃんたちの手を引き剥がす。
「美雪」
優花ちゃんが僅かに後ずさる。
「いやがってるじゃない」
「…ちっ」
優花ちゃんは舌打ちをすると、他の女の子達をつれて去っていった。
「…ありがとう、美雪ちゃん」
「全く、あんたも言い返さないと、『がおおお!!』って。
そうしないと、いつまでもいじめてくるよ、あいつら」
「ははは、『がおおお』なんて言えないよ」
私は弱いからーー。
弱気な言葉が口先まででかかったその時、
美雪ちゃんが見たことがないほど怖い顔で私の方を向いた。
「ねえ、花実」
「?」
「話があるんだけど」
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