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「さぁ、どうぞこちらへ」  受付ロボットに導かれるまま、連れてこられた場所は、ガラス張りのアトリウム西側に設けられた区画だ。  森の趣きたっぷりの植込みに囲まれており、広大な空間のど真ん中に不似合いな電子機器と100インチ程度のモニター用スクリーンが設置されている。  スクリーン正面には古風な木製の四つ足椅子が一脚。  殺風景な会議室で居並ぶお偉いさんへ向かい合う形の面接を予想していたし、他にも就職希望者がたくさん来ていると思っていたから、少なからず拍子抜けした。   「ここに座って、待ってろって言う事かい?」  何も答えず、ただ恭しく受付ロボはお辞儀をし、アトリウムの強化ガラスで出来た自動ドアから通路へ去っていく。 「オイ、どういう趣向だ、こりゃ!?」  スマホの通話はいつの間にか切れており、亮へ掛けなおしても通じない。  それから暫くの間、その場で放置された。  部課長クラスの面接役が姿を見せる事など無く、アトリウムの森の奥から、長閑な鳥のさえずりが聞こえてくる。  本当に野鳥をここで飼っているのかな?  確かめに行きたい。でも、一応、試験を待つ身だから、椅子を立つ訳にもいかない。亮との関係を受付に話している分、下手な真似をすると奴に迷惑をかけてしまう。  開き直って椅子に凭れ、退屈の余り鼻歌を口ずさんでいたら、急に正面のモニターへ美しい女性の姿が現れた。 「宮根正和、39才。単身待機中の態度を視る限りにおいて、状況判断、自制心、自己管理能力に乏しい。成人男性としての自覚が足りないと言わざるを得ません。暫定評価はCマイナス、ですね」 「はぁ!?」  どうやら約10分間、まるまる俺を観察していたらしいモニター上の女の顔に、俺は見覚えがあった。  亮の開発チームによって生み出され、「シーバ」と名付けられたAIだ。  特に高度な感情のシミュレートが施されており、半年の試験運用期間を終えて、ガッフルの業務戦略部門へ既に投入されていると、亮が自慢していた。    それだけではない。実は今回、俺がこれまでに受けてきた第一次面接、第二次面接の試験官役もシーバがこなしている。  亮によるとこれも実験の一環だそうだが、一次から二次まで適当に求職者を振るい落とす作業は単純かつ事務的な作業であり、特に高度な判断は必要ない。最新の超高性能AIには低すぎるハードルだろう。  実際、この手の仕事は今やどの企業もAIが担当している。    そうすれば最終面接の段階まで求職者を会社へ呼ぶ事なく、スマホのやり取りだけで完結するからだ。雇う側、雇われる側、どちらにとっても手間が省ける合理的な方法なのだと言う。   「それにさ、何たって僕がこの手で生み出したAIだからね、シーバ相手に一次と二次を突破するノウハウ、教えてあげるよ。楽勝だろ?」  涼から面接試験に誘う電話がかかってきた夜、巧みにそそのかす奴の言葉が、あの時はとても魅力的に思えたのだが、 「あ、あんた、一次と二次だけで、最終面接に出てこない筈じゃ」  狼狽して声まで裏返る俺の様子を、シーバは静かに見下ろし、宣言した。 「私、シーバは先日の取締役会にて、正式にガッフルのCEOへ就任致しました。ですから、役員面接を私が担当するのは至極当然の理であります」  言われてみれば納得するしかない。AIが経営陣に入るのも、昨今の大企業では珍しくないトレンドだ。  人工知能に人間が使われる状況へ違和感を感じる俺は多分、時代遅れのオールドタイプなのだろう。だが内心、ほくそ笑む部分もあった。  既に涼から攻略法を教えてもらったシーバが最終面接まで担当するなら、軽~くパスして社員の椅子を勝ち取れる筈だよな?  アトリウムの森で、毎日遊びながら高い給料が貰える、左団扇の暮らしがやってくるぞ。  ヒヒヒ、ラッキー! ついてるじゃん。  俺は俄然、亮に感謝の投げキッスを飛ばしたい心境になったが、早速シーバは試験官モードへ移行。鋭い質問を投げかけてきた。  それも何かと俺の態度を非難し、上げ足を取り、侮辱して反応を見ようとする。  少しでも口答えしようものなら、 「暫定評価Dマイナス! 見た目の貧相さに加え、立ち振る舞いも粗野、粗暴。これ以上下がるようでしたら面接を打ち切り、即座に退室願う事になります」 「あぁ、良いよ……勝手にして下さいよ」 「投げやりですね。あなたを推薦したわが社のプロジェクト・リーダーも面目丸潰れになりますけれど、宮根さん、それは宜しいので?」 「はぁ!?」 「社会常識以前 およそ人の道にもとる所業に思えますが」  等と情け容赦ない叱咤、プレッシャーが飛ぶ。  こういうやり口を、俺は2020年前後のゴシップ記事を集めるサイトで読んだ覚えがあった。  試験官が対象を追い詰め、どれ位、会社に服従できるか、ストレス耐性はどの程度かをチェックする圧迫面接って奴だ。    深層心理のスキャンを伴う個人のビッグデータは今や公の共有物。マイナンバーと紐付けし、クラウド上で集中管理する仕組みだから、俺の情報もとっくにシーバは閲覧しているのだろう。  表に出さないプライバシー……例えば少年時代の、あのウ〇コシャツの件さえシーバは熟知しており、当時の涼を思わせる巧みな誘導尋問で、俺の心の一番脆い部分を確実に抉ってきやがる。  このAI、楽しんでンじゃねぇか?  四十八手、裏表。多彩な弄りの妙技に俺は身も心も疲れ切り、逃げ出したい気持ちと戦い続けた。  午後0時からのお昼休みで一旦開放された時なんか、思わずコリコリの背筋を伸ばして深呼吸しちまったよ。  そして、味気ないポリチューブ入りの支給簡易食を平らげた後、亮へ連絡を取ろうと試みた。  聞いていた話とあまりに違う。もしかしたら、今、俺がやっているのは面接試験を装うフェイク……。  奴のプロジェクト・チームがシーバの「感情」を育成する為、パワハラまがいを直接体験させる実験か何かじゃね~の?    そう尋ねたかったのだが、やっぱり電話は通じない。やむなく俺はアトリウムの中を探索してみた。    亮の職場は面接会場と同じ、この101階にある筈だ。  他の社員のように遊びまわっていないとしても、昼休みくらい、ガッフル・ビル唯一の人間向けリラクゼーション施設=人口森林で一息ついている事だろう。
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