おしつける。

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 ちなみに、この日も咲絵は当然のように飲酒していた。本人が結構大人びた容姿だったので、制服さえ着ていなければそうそう未成年と思われることはなかったのである。今思うと、こんなマナーの悪い客に居着かれてさぞかし店も迷惑だったろうなも思う。私はここまで派手に振る舞わなかったが、彼女がやらかすことを一切止めなかったのだから同罪といえば同罪だ。 「あー、それで、なんだっけ?人形とかなんとか言ってた?」  まるで嫌がらせのように店員の呼び出しボタンを連打する咲絵。彼女は飛んできた店員に、横柄な態度でビールとチョコパフェのおかわりを注文すると、私に尋ねてくる。 「あーうん。なんか、バッグに変なもの入ってて。マジキモいなって思ったところなんだけど」  私は自分の鞄から、人形を取り出して見せた。  それは、私の掌サイズの人形だった。赤いワンピースを着た女の子の、布製の人形である。あまり出来は良くない。いい加減に縫われた布の隙間からは綿が飛び出してしまっているし、目玉部分に縫い付けられた青いボタンは解れて取れかけているのだから。  もちろん、私の私物ではない。  いつの間にか鞄の中に入っていたのだ。バッグから離れる機会は何度もあったし、誰かが間違えて入れていったのだろうか。人形が勝手に飛び込むとも思えない。なんだか気味が悪いな、と感じていたのだった。 「警察に届けたほうがいいかな?このレストランで拾ったとも限らないし」  でも、この時間に交番に行くと補導されそう、と。私がちょっと渋い顔をすると。 「……それは、やめたほうがいいと思う」  咲絵が、いつになく真剣な顔で言ったのだった。 「その様子じゃ、綾子は知らないんだ。それ、あたし達の間で話題になってる“呪いの人形”ってやつだと思う」 「の、呪いの人形?」 「うん。都市伝説みたいなもんだから、マジかどうかはわかんねぇよ?でも、なんかヤバいんだって。マジでそのまま持ってると呪われるんだって」  咲絵の“マジ”と“ヤバい”だらけの話を要約するとこうだ。  昔々、赤いワンピースを着た小学生の女の子がいたらしい。彼女は家が貧乏で着替えがなく、いつも同じ赤いワンピースばかりを着ていた。お風呂にも毎日入れないのでどうしても夏場は臭いが気になり、学校でも遠巻きにされていたという。  そんな彼女が大切にしていたのが、自分そっくりの赤いワンピースを着たお人形だった。極貧生活の中、母親が唯一くれたものがそれだったからだ。彼女は、母親が作ってくれた小さなお人形をいつも肌見放さず持っていたという。  彼女と母親が憎んでいるもの。それは、自分たちを捨てた父親だった。
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