今夜、あなたを奪いに行きます

1/6
前へ
/6ページ
次へ

今夜、あなたを奪いに行きます

『今夜、あなたの心を奪いに参ります。怪盗ルナティック』  そんな予告状がセレナの枕元に置かれているのが発見されたのは今朝のことだった。  怪盗ルナティック。現在、この国を賑わせている怪盗であり、お金持ちから盗んだ品々を貧しい人にばらまく義賊としても知られているのだった。  ルナティックの姿を見た者は何人かいるが、いつも仮面に黒いローブという格好であるため素顔は誰にもわからない。声を聴いた者もいないため、一応“彼”ということにはなっているが、本当に男なのかも定かでないというのが実情だった。 「まさか、ルナティックの次の標的がお嬢様になるなんて……!」  屋敷の執事、メイド達は慌てふためいた。というのも、昨夜からこのメレティウス伯爵家の家族のほとんどが遠い海外に仕事で出ている。残っているのは、まだ十三歳のセレナと、五歳の弟だけだった。セレナは二人の兄と年が離れており、彼等は既に両親の仕事を手伝っている。執事頭は電報を打ったようだが、今回の仕事場は遠い。今夜までに、自宅に戻ってくることは不可能だと言って良かった。なんせ、船で三日はかかる距離なのだから。 「なんてことでしょう!怪盗ルナティックといえば個人的には姿を見てみたい気もしますけど、いやでも、だからってお嬢様を攫うだなんて!」 「落ち着きなさい、カトリーヌ」  やや本音が隠しきれてないメイド頭を宥めて、セレナは言った。怪盗ルナティック。庶民の憧れの的にして、貴族たちには非常に恐れられている存在。セレナとしても、どのような人物か気になるところではあった。使用人たちからすれば、万が一セレナが本当に拉致されるようなことになったらお叱りを受ける程度では済まないのだろうが。 ――わたくしを攫う、ではなく。わたくしの心を奪う、と仰るのですね。  言葉のあやかもしれないが。この言い回しの違いは、セレナをときめかせるのに充分だった。 ――つまり。わたくしを惚れさせる自身があるとでも言うつもりなのかしら?なんて面白い泥棒さんなの!  使用人たちと違い、セレナは少々わくわくしていた。果たして今夜、一体どのようにしてこのセキュリティ万全の館から自分を攫うつもりでいるのだろう?
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6人が本棚に入れています
本棚に追加