今夜、あなたを奪いに行きます

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 *** 「お嬢様ー?怖くないんですか。怪盗ルナティックのこと」 「んー?」  今日は学校もない休日である。そして、メレティウス伯爵家は、古くから伝わる軍人の一族だった。今回両親と兄が連れ出された仕事というのも、実は軍に関わるものであったりする。女性であっても日々戦闘訓練を行うのは当たり前。セレナも当然のごとく、中等部を卒業すると同時に軍の入隊試験を受けることが決まっている。  今日も今日とて、執事見習いのロランと一緒に射撃の訓練をしているところだった。――セレナが恐怖を感じていない理由の一つはそこにあったりする。伯爵家のお嬢様といえど、セレナはよそのお嬢様とは一線を画す存在だ。なんせ、自分の身は自分で守れる自信がある。仮に武器を取り上げられたところで、格闘術だけでも大人の男を圧倒できるという自負がセレナにはあったのだ。 「怖くなんかないわ。恐らく怪盗ルナティックは若い男性だという話でしょう?わたくし、大人にだって負けない自信がありましてよ。……あと、今はわたくししかいないんですから、敬語はなしにしてくださる?」 「……チャーチルさんたちに見つかったら、俺が叱られるんですけど」 「一度や二度叱られたくらいでなんですの?わたくしが命じているんだから関係ありません。ほれ、とっとと」 「……相変わらずわがままなお嬢様だな」  執事見習いのロランは、代々この家に仕える一家の一人息子である。幼い頃は、身分の垣根を越えてよく遊んだものだ。それが、彼が十歳になるのと同時に執事見習いとなり、自然と壁ができるようになってしまったのだった。  彼は労働者階級、セレナは貴族。この国では、身分は絶対。小さな子供の頃ならともかく、互いに十二歳と十三歳になった今距離感を保つのも大切なことなのかもしれないが。 「俺が叱られたら、お前から命令したってちゃんと言ってくれよな、まったく」  周囲に他の召使いがいないことを確認して、ロランはため息交じりに言った。 「俺は心配してるんだよ。お前が、まるでルナティックに浚われるのを待ってるみたいに見えるから」 「あら、どうして?」 「……だってお前、この家好きじゃないだろ。貴族に産まれたことも……つか、階級社会のこの国のことも。ルナティックはそれを変えてくれる存在かもしれないって、期待してる」 「……買い被りすぎよ」  まあ、そういう気持ちがないわけではない。ルナティックは、どれほど堅牢な警備の屋敷にも忍び込んで(そもそも宮殿の警備さえ掻い潜るのだから驚きだ)目当ての財宝を盗み、庶民にばらまくのである。カッコイイ、と思うと同時に期待してしまうのは間違いないことだ。彼ほどの実力があれば、いつかこの国の腐った仕組みそのものを変えてくれるかもしれないと思う人間は、庶民ほど多いことだろう。危機感を覚えているはずの貴族の中にさえ隠れファンがいるらしいというからよっぽどである。
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