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無論、どれほど彼が優秀でも、一人でできることはたかが知れているというもの。自分が彼の仲間になれたら、なんて願望がセレナにあるのは否定しない。
「そういう気持ちがないとは言わないけど、それ以上に興味があるの」
ライフルを構えて、引き金を引く。十三歳のセレナの体格でも、少ない反動で放てるように調整された愛銃。パアン!と軽やかな音と共に、訓練場に設置された的の中央に命中する。
「ルナティックはわたくしを誘拐しますじゃなくて、わたくしの心を盗むと仰るのよ。凄い自信じゃない。わたくしに一目で惚れさせる自信があるということよね?どれほど素敵な方なのかしら」
「そういう意味なのかね」
「そういう意味でしょうよ。ロマンチックな泥棒さんだんわ。興味が湧いてしまうじゃない。無論、つまらない男に浚われるほど、わたくしは安くはないわけだけど」
「つまらない男に決まってる」
ロランは忌々しいと言わんばかりに吐き捨てた。
「確かに、ルナティックがやっていることは一部の人々を助けてるんだろうさ。でも、この国を根本的に解決することに繋がってるわけじゃないだろう。……偽善だし、自己満足だ。ものすごい美形だろうが、人の家のセキュリティすり抜けてお前を誘拐できるだけのスキルがあろうが関係ない。……世界を変えるのは、一人がジタバタしたってできることなんかじゃないってのに」
「……そうかもしれませんわね」
彼がそういう風に言うのには理由がある。ロランの母は、買い出しの最中に馬車に撥ねられて死んでいる。ロランがまだ五歳の頃のことだった。
よりにもよって、母親を撥ねたのが侯爵家の馬車。伯爵家よりも階級が上だ。その結果、セレナたちメレティウス家も大きなことが言えず、馬車を操っていた御者が罰金に処されただけとなってしまった。侯爵家にはなんの御咎めもなし。それが、この国の司法の現実なのである。――侯爵家の奥方が、パーティに遅刻しそうになっていて凄まじい速度で馬車を走らせていなければ、起こらなかった事故だというのにだ。
世界を変えたい。その気持ちは、なんだかんだ言っても貴族としてぬるい生活を送っているセレナより、彼の方が強いはずである。それでも堂々と抗うことができないのはセレナがいるからか、家族の立場を想ってか、あるいはそれ以上に現実を思い知っているからか。
「確かに、ルナティック一人の力では、変えられることなどちっぽけかもしれない。……でも、よその国では庶民の革命によって、国そのものの仕組みが変わったケースもあるのよ」
セレナは再びライフルを構えて、的を狙う。
「どれほどちっぽけでも、人は足掻くことができるわ。……変えるために、小さな力だとわかっていても足掻く努力をする人を。変えようともしない人間に、笑う資格はなくってよ」
「…………」
パンッ!と再び軽やかな音がした。弾はほんの少しずれて、的の隅の方に命中する。
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