今夜、あなたを奪いに行きます

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「お父様とお母様、お兄様たちが海外に行っていて、丁度屋敷が手薄になるタイミングを知っていたっていうのもね。……貴方は本当は、昨晩わたくしを“怪盗ルナティック”として攫うつもりだった。そうでしょう?でも、土壇場で踏みとどまってしまった。……意気地なしね。わたくしの心がどうであるかなんて、とっくに知っていたはずなのに」  ロランは言葉を失う。確かに、状況的に見て自分が予告状を出したとバレる可能性を想定しなかったわけではない。しかし、セレナはルナティックの名前にのぼせ上っている様子だったし、他の使用人たちもパニック状態。その犯人が身内にいるなんてそうそう気づくこともないとタカをくくっていたのに。  ああ、わかっている。情けないと言われても仕方ないのは。  ご両親がいない今くらいしかチャンスがない。セレナを、軍人というレールに乗せるばかりの堅苦しい家から救い、自分自身をも救うチャンスは今夜しかないと思って予告状を出した。でも、いざとなったらその瞬間尻込みをしてしまったのだ。自分達が共にいなくなったら、どれほど他の使用人たちに迷惑がかかるかを実感してしまったがゆえに。でも。 「わたくしは、己を強くしてくれたこの家には感謝しているけれど。……貴族の一人として庶民を平然と踏みにじり、あげくこの国のための戦争の道具になる未来なんてまっぴらごめんですのよ。何度も何度もそんな話をしてきて、貴方はわたくしの本心などわかっていたことでしょうに」 「せ、セレナ。でも俺は……」 「ええ、貴方は優しいから、人の迷惑を考えて立ち止まってしまったんでしょうね。本当に意気地なしだわ。……それも貴方の魅力だから、これ以上とやかく言わないけれど」  でもわたくしは違うのよ、とセレナは言った。 「わたくしは、貴方と違って“良い子の使用人見習い”じゃない。“我儘な伯爵家のお嬢様”なんですの。自分が欲しいものは、何が何でも手に入れなければ気が済まない。……だから、決めたわ。貴方が攫わないなら、わたくしが貴方を攫いに行くだけのことだと」 「え」 「今夜は、わたくしが怪盗ルナティックですのよ」  セレナは窓枠から降りると。スタスタとロランの傍に歩み寄ってきて、この手を力強く掴んだのだった。 「今宵、わたくしがロラン、貴方を攫いますわ。世界を変えるため、自由を得るため。拒否権などなくってよ」  ああ、とロランは泣きそうになりながら――やがて黙って、その場に跪き、少女の手の甲にキスを落としたのだった。  愛しいこの人は、自分が思っていたよりもずっと勇敢だった。臆病な自分の背中を、こうして強引に押してくれるほどに。 「……喜んで、マイステディ」  盗まれた心は、果たして誰のものであったのか。  それを知るのは、全てを見ていた満月のみ。
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