プロの流儀

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❝拝啓 先日は突然の訪問に対し、依頼の件でお取り計らい頂き有難うございました。 貴殿の職業柄、この手紙を読んでおられる頃には既に御存知かもしれませんが、肺から転移した悪魔は私の体を蝕み、もはや手遅れとなっております。 おそらく、もう私はこの世にいないでしょう。 言いたい事は分かっております。 あの女性に対しては畏怖し、私の奇行に対しては呆気に取られ、それぞれの説明をご所望されているのではないでしょうか。 つきましては、私の目論見通りここに至った経緯、私の流儀に則りお話させて頂こうと思います。 以前、私とあの女性は夫婦関係にありました。 私達には一人の息子がおり、特に妻はその子を溺愛しておりました。 ですがある日、何の前触れも無く、その子は神隠しにでも会った様に姿を消してしまったのです。 喪神状態に陥った妻は記憶障害を患い、私の存在も忘れてしまった様でした。 それからというもの、同居する事を暗に拒まれ続け、遂には別居するに至った次第であります。 争う事はしませんでした。 見たでしょう、今でも尚、神聖な彼女を。 惚れていたのです。純粋、と一言で表現するには神々しく、神々しい、と一言で表現するには余りにも可憐な彼女に。 私は元々、骨董品を作っていました。 全く売れませんでしたが、どうせ売れないならと、息子に向けて作っておりました。 そんな作品を全て彼女は愛してくれました。 目利きの筋がいいと伺っております。いかがだったでしょう? お気づきだと思いますが、同封した鍵入れも私の作品です。 【禁忌は心から――】と、ありますがテーマは“心”です。 心の扉を開ける為の鍵を内側に宿した開かずの心。 つまり、彼女の心を表現した私の最後の作品でした。 彼女は思い出以外の物を省き、今尚、息子と暮らしているのです……。 そんな鍵入れを盗むよう依頼したのには理由があり、私の過去を話さねばなりません。❞ 俺は二枚目を手に取った。
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