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❝至らぬ所ばかりで頼りない先輩のたわいもない助言ではありますが、どうか留意しておいて下さい。
仕事は極めれば極める程、自分を知るに通じます。
それは、人もまた然り。
鍵入れを盗む際、彼女の大切にしていた鍵だけは残しておいて頂きありがとうございました。
最後になりましたが、依頼料としてその鍵入れを送ります。
あなたの中にある真実があなたを幸せに導きますように。
まだまだ未熟な盗み屋より❞
「……」
俺は適当に置いた鍵入れを表面がこちらへ向く様に置き直した。
禁忌は心から……ねぇ……。
だとしたら、あの人は何の禁忌を犯したんだろう……。
ぼんやりと考えながらそれを眺めていると、思わずハッとした。
「おい、まさか……」
鍵入れのガラス窓奥には、見慣れた長い耳を持つ犬のキーホルダーが見える。
中を開け、手に取り確かめてみる。
間違いない……金庫の鍵だ……でも、どうやって?
うちの金庫の鍵は金庫と共に、ボスでさえその場所を知らない。
更に、多重ロックの元、毎日暗号を変えている……。
俺はすぐ様、金庫の鍵があった場所を確かめた。
……無い。
だらけて緩みきった犬の顔を呆然と見つめる。
そうだ、金庫室は……?
掛け時計の裏、コートのポケット、花瓶の中、本の隙間、その他から別の鍵を取り出し、俺は隠し床から地下へ降りた。
その先々で、幾重にも施錠された扉を開錠する。
そして、最後に俺は頑丈な鉄扉の金庫を開け、目を見張った。
何十億あるだろう……そこには札の束が山積みにされていた。
側にはメモ用紙が置いてある。
❝禁忌を生むは盲目に似たり❞
ふと、辺りを見ても厳重な防犯アラームが作動した気配は無い……。
どんな手品を使ったらこんな芸当が出来るんだ……ん、待てよ?
過去の経験から、なにをもタブーとしない神業のような腕前を持つ伝説の盗み屋がいるってどこかで……。
「……」
もう一度、札束とメモ用紙を見る。
……まさかな。
でも、あんたが言いたかった事は何となく分かったよ……。
俺はメモ用紙を拾いポケットに入れると、その場に座り込み金庫の鍵を眺めた。
全部、背中で語ったんだろ……。
口で語るより、証明する事に信を置いてさ……。
最後には仕事でも一本取られた……。
深呼吸しながら、天井を見上げる。
あの人の犯した禁忌が心を閉ざし人であらざる者になったという事だとしたら、俺が犯した禁忌は恐れによる偏重思考を生み盗み屋として差をつけられたってところか……で、どちらも盲目だったと……。
気付くと、また溜め息をついていた。
やれやれ、仕事が増えちまったな……。
出来るだろうか、俺に……偉大な先輩が盗めなかった心を盗むなんて大仕事が……。
あのモナ・リザが脳裏をかすめる……。
いや……やってやるさ……これは客からの依頼だ。依頼者の心まで完璧に盗み切る。それが、あんた(プロ)の流儀なんだろ、なぁ親父……?
暫くし、身支度を終え気持ちの整理を済ませると、俺は鍵入れを手に母であろうあの人の元へ向かった――。
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