プロの流儀

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東京は墨田区の一角、鳩の街通り――。 その、新旧店舗が軒を連ねる商店街に看板が見える。 【何でも屋】 経営しているかも分からない古びた木造建築の脇に、そんな廃れた立て看板が掛けられていても誰も気には留めないだろう。 だがこれは、この店にとっての本当の客への標識に過ぎない。 ……そう、ここで働く俺の本職は盗み屋。 頼まれれば、何だって盗む。物、金銭、情報、人、命……。 勿論、普通の客は来ない。依頼者は基本、裏社会のコネで回ってくる。 孤児であった俺を拾ってくれたボスからの命令で、その依頼料から二割乃至三割ほど納金しなければならないという条件付きではあるが――。 「さて、今日も暇だな……」 いつも通り、空き時間に店内の清掃をしていると店先から誰かの足音が聞こえてきた。 「ゴホン、ゴホン……」 見ると、作務衣を纏った男性の老人が杖を片手に立っている。 客が来るという話は聞いてないが……何でも屋と勘違いしたか? 杖を持つ手を震わせながら咳き込むその痩せ細った姿からは、一目で体が弱っている印象を受けた。 「何か御用でしょうか?」 「榊翔太郎さんというのは……」 榊翔太郎……それは、裏世界の人間だけが知っている俺のコードネームだ。 「……ご依頼で?」 「……」 俺は暗黙のルール通り沈黙する老人を客室に案内した。 一体、どういう依頼だ……。 老人をソファーに座るよう促す傍ら茶を淹れる。 「……どうぞ」 さっそく話を聞くに、ある一人暮らしの老女が住む一軒家から骨董品を盗んで欲しいとの事。 その骨董品(ターゲット)は実にシンプルな物だった……。 「鍵入れ……ですか?」 「ゴホン……ええ、一度見た時から……ゴホ、ゴホ、何と言ったらいいか惹かれるものがありましてな……」 それは小さなガラス窓のついた木製仕様という事らしいが、聞いただけではあまり想像がつかなかった。 ただ、骨董品の数はそれ程なく、そこに住む老女も記憶障害を患っており実行しやすい環境である事だけは確かだそうだ。 興味深い内容に、もう少し深く聞いてみたかったが依頼者の名前や対象との関係性など事情を聴くのは、この業界での御法度である。 腑に落ちないままではあるが手続きを進め、最後に依頼料を確認すると話はついた――だが、ボスへの報告は控えておこう……コネで回された客では無いので、わざわざ納金する必要はない。 そして、俺は流れる様にいつもの台詞を決めた。 「その依頼、確かに承りました」
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