原動欲

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「では、あなたの『原動欲』を教えてください」 「……あの、『原動欲』って、なんでしょうか?」  おそらくクリーニング済みのパリッとした黒のタイトスーツを着こなす女性が、聞き返した俺に苦笑する。  買ったばかりの身に馴染まないスーツの俺もそれに応えるように苦笑する。  隣席とはパーテーションで区切られただけの席で向かい合う俺たちは、数秒そんな状態になっていた。 「おい!なんなんだよ!こんな給料で生活できるわけねぇだろが!?バカなのか!?ほとんど税金で取られておしまいじゃねぇか!これじゃ、ろくにパチンコにも行けやしねぇじゃねぇか!なんだ、死ねってか!?あぁ!?」  二つ隣の席から怒号が轟いた。同じような周囲の人々もその憤怒に触発されたように一斉に不満をぶつけて騒ぎ出し、一部では他人同士が合唱を始めて、もうほとんどデモみたいな様相になってきた。  てか、ハロワってこんなところだったっけ? 「あの、説明、よろしいでしょうか?」 「――あぁ、はい、お願いします」 「『原動欲』とはですね。あなたの生きるという活動の継続が可能になるあなた自身が持つ欲のことです。美味しいものが食べたい、ゲームがしたい、女性を抱きたいなど、その人に備わる生きることへの原動力となる欲のことです」 「ああ、成程。そういうことですか。わかりました」  俺のその言葉を聞いて、その職員の女性は安堵した笑みに変わった。 「では改めて、あなたの『原動欲』を教えてください」 「わかりました。そうですね。僕の『原動欲』は、」  俺は周囲の喧騒へのいら立ちを理性的に押し殺しつつ、こう答えた。 「、ですかね」  その時のその女性の顔に俺は思わず、ゴクリ、と喉を鳴らしてしまった。
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