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——いつもの彼とは違う匂い。
いつもの爽やかで行動的な柑橘系の香りじゃない、嗅いだこともない香水の匂いがフワリと鼻腔を掠める。
「ひょええっ」……と、両手で顔を覆う真世。しかし、その目は指の間でしっかりキスする二人を見つめている。
その唇が離れた時、一瞬怒りを忘れていた自分に気づいて目を逸らすが、葵に両肩を掴まれて再び顔を上げる。
「……これでもまだ俺のこと、信じられない?」
ストレートに目を見つめてそう訊かれ、綾乃は冷静さを取り戻して答えた。
「……ううん、私……葵はそんなことしないって信じてる。でも、ちゃんと私に説明してくんなきゃ納得いかないよっ! ねぇ、あのウエダさんって誰なの? さっきもあのレストランで何話してたの?! 答えてよ、葵……」
まっすぐに葵の目を見て訴えかけた。
しかし葵は正直に白状するどころか、目を伏せてグッと口を紡いだのだ。
「それは……まだ言えない……。でも、お前を傷つけるようなことじゃ——」
「もういいっ!!」
掴まれていた腕を振り切って、綾乃は目を塞いだままの真世の元へと歩き出した。もうこんなイタチごっこのようなことばかり繰り返していたくはないのだ。
「隠し事ばっかの葵なんてっ、私の方からもう会ってなんかやらないんだから!!」
「綾乃……っ」
「………バカッ!!」
そう吐き捨て、葵に背中を向けて真世の手を取り、綾乃は早足でその場を後にした。さすがにもう、深追いすることもできない葵はというと……
ヒソヒソ……
「あんなイケメンでもフラれることってあるんだ……」
「よっぽど悪いことしたんじゃない? 例えば無人島でハーレム王国を築いてたとか」
「おっそろしーっ」
「………。」
通りすがりの野次馬たちに好き勝手に言われ、余計にその頭を抱えるはめになるのだった——。
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