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言われたことの意味がわからず、潰した空き缶を握りしめる手がその行方を見失った。
「葵の看病って……どういうこと?」
「どういう……って、今朝から桐矢くん風邪で寝込んでるんでしょ? 毎年皆勤賞の彼が会社休むなんて初めてだから、私もちょっと心配だったんだけど……具合、どうなの?」
葵が今朝会社を欠勤していたという重大なことを理解するのに精一杯の頭に、まったく知らないことを訊かれても答えられるわけなどなかった。
「なにそれ……私、知らない」
「……え?」
「そんなの聞いてないし、連絡すら来ないから」
「……なんかあったの? 桐矢くんと」
何かあったといえば3日前の夜のウエダさんの件だが、それを咲子に説明する前に漠然とした疑問が口から溢れ出した。
「なんで……? 葵、どうして私に何も言ってくれないの……?」
しばしの沈黙の後、だいたいのことを察した咲子。
「……はいはい、そーゆう時のあんたはね、おそらく今から5秒後にはこの電話を切って身支度をして家を飛び出してるに違いないんだか——」
「ごめん! 咲子! またかけ直すね!!」
2秒後に電話を切った綾乃はすぐさまパンツを履き、ブラジャーを付け、まだ乾ききっていない髪を頭の上で拵えたお団子の中に引っ詰め、適当な服を着て家を飛び出した。
タンスの引き出しも開けっぱなしにしたまま——。
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