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——息を切らしながらも、自転車で30分爆走してなんとかたどり着いた葵のマンション。
玄関のドアの前で軽く息を整えてからインターホンを鳴らしてみるも、しばらく応答がない。
会社を休むほど具合が悪いのだ、外出しているとは考えにくいのだが……。
「(出ない……。さっきから電話にも出ないし、まさか葵の身に何かあったんじゃ……?!)」
嫌な予感がする。
そして咄嗟に思い出してバッグの中の合鍵を手で探り始めたその時、カチャリと音を立ててドアが開いた。
「……あれ、綾乃?」
「……あ。」
見上げると、いつもと変わらない様子の彼がルームウェア姿でキョトンとしてそこに立っていた。拍子抜けのあまり、すぐに言葉が出ない綾乃。
「どうしたんだよ、こんな時間に」
「だ、だって……葵っ、今朝から風邪で会社休んでるってさっき咲子から聞いてっ、そんなこと知らなくって、私……! さっきから何回電話しても出ないからっ……それで……!」
自転車でかっ飛ばして来たせいなのか、久しぶりに彼のプライベートを目にしたからなのか……心臓を打つ音が頭の中に響いて、言っていることがまるで言葉の継ぎ接ぎだ。
「……ああ、だってさっきまで風呂入ってたもん」
平然と答えるその濡れ髪を見て、綾乃は膝の力が抜けそうになるのだった。
「なぁんだ……寝込んでるんじゃなかったのぉ?」
「風邪ひいたぐらいでわざわざここまで来てくれたんだ?」
「だって、葵が会社休むなんてよっぽどだと思ったんだもん。ねぇ、ほんとは風邪なんかじゃないんでしょ? 最近ちょっと痩せたし……もしかして、何か病気なんじゃないの……? 私と会おうとしなかったのも、そのせいなんじゃ……」
そこから先は玄関先で長々と話せるようなことではなく、葵からのリアクションを待ってみた。
すると、小さくため息をついた葵が腕を組み、扉内側に自分がドア留めになるようにしてもたれかかった。
「違うよ……たぶん疲れの溜まりすぎ。39度の熱と酷い眩暈で出勤したって仕事にならないと思って、さすがに休んだんだよ」
「眩暈って……大丈夫なの?」
「朝から撃たれたみたいに眠ったら熱も下がったし、もう大丈夫だと思う」
そう言って笑う彼は、どことなくまだ無理をしているふうにも見える。
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