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そう啖呵を切ると、綾乃はビーフシチューのスープをスプーンで掬い上げ、勢いよく口の中へと放り込んだ。
「ああっ! 綾乃っ、やめといた方がっ——」
「うっ……うぐぐっ?!」
葵が制止するも間に合わず、真っ青になって両手で口を押さえて震え上がる綾乃。
——不味い。
そう、これはまさに、この世の人間界に存在することすら許されない味だ。
ドロドロ且つ、具材が溶けすぎて舌触りの悪いザラついたスープ。大量の生姜とパイナップルの強烈な味は決してお互いに協調性がなく、強火で煮込まれたコゲ臭さと混ざって独特な風味を演出している。
そして極め付けは、主役であるはずの牛肉だ。
おそらく煮えたぎる鍋の中にいきなり放り込まれ、そのままひたすら強火で炙られたせいか……その硬さは、それを噛もうとする歯の硬さすら超えているんじゃないかと思うほど屈強なものだった。
「な、な、なんなのっ、これは……!!」
あまりの不味さとショックにガクガクと震える唇をグッと噛み締めると、綾乃はその場に膝をついて嘆き始めた。
「こんなの、人間の食べる物じゃない……! いや、豚のエサにすらならないわっ!! こんなものを本当にこの私が作り出してしまったというの……? ありえないっ、ありえないわぁぁ……!!」
すかさずフォローに回る葵。
「ま、まぁまぁ……初めて料理に挑戦したんだろ? なら失敗しても仕方ないって! ……なっ?」
「……初めてじゃないもん」
「あ……そう、なの……?」
「昨日は『クロケータス・デ・ハモン』作ったもん」
「……なにそれ」
「コロッケみたいなスペイン料理。死ぬほど不味かったけど」
「………。(ここまで料理下手なくせになぜそんな馴染みのない、ハードルの高そうなものを作ろうとしたのかを教えてくれ……)」
最終的に大きなため息をつくと葵は立ち上がり、すっかり肩を落として三角座りをする綾乃にその手を差し伸べた。
「……綾乃、ちょっとキッチンおいで」
「え?」
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