才能泥棒

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「俺、あいつより先に直木賞を獲りたいんです。どうしたらいいですか?」 文芸部に入ってすぐ、俺は3年生で部長の森裕太先輩にそう尋ねた。長身の森先輩はかけていた銀色の眼鏡をかけ直すと、図書室の棚から一冊の本を取り出した。 「まあまあ、落ち着いてよ。これ、この前直木賞を獲った、松田しのぶ先生の本。直木賞が獲りたいなら、まず直木賞作家のことを知らなきゃね」 森先輩は年下の俺にも丁寧な言葉で接してくれる、優しい人だ。俺は森先輩にお礼を言ってその本を受け取ると、さっそくページをめくった。本を読み終えると、俺は感動のあまり、全身に鳥肌が立った。 「すげぇ……」 俺が立ち上がってそう呟くと、図書室の入り口から、河井タクマが入ってきた。タクマは俺を見ると、ニヤリと笑った。 「直木賞なんて、君みたいな凡人には、一生努力しても届かない世界さ」 「なんだと……」 俺はタクマを睨んだ。しかしタクマは俺の視線など気にしない様子で、大げさに前髪をかき分けた。そしてタクマは、森先輩に入部届けを手渡した。 「未来の直木賞作家、河井タクマ。文芸部に入部します」 俺はそんなタクマの様子を見て、ぐっと奥歯を噛んだ。負けないぞ。絶対にお前より先に直木賞を獲ってやるからな、と俺は心の中で誓った。
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