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右手に持った扇子で自分の肩をトントンとたたき、左手には太刀をたずさえたまま隆家は織部の前まで進んだ。その様子を、あぐりはまじまじと見あげた。隆家が声をかけた。
「織部と申すのか。言いたいことがあるなら聞いてやる。直言を許す」
「いけませぬ」
武者が表情をこわばらせる。
「中関白(なかのかんぱく)家の一族にして中納言であらせられる隆家さまが、いやしく汚れた民草の声をじかに耳に入れるなど、あってはならぬこと」
「さようです。どうぞお慎みになってください」
「バカバカしい」
尊大にあごをあげ、隆家は笑顔を見せた。
「おれはここに、法王の挑戦を受けて戦(いくさ)遊びをしに来たのだぜ。けがれなど、恐れるものか。おい、織部とやら。言いたいことを申せ」
織部は全身から力が抜けたようだった。路上にうずくまった姿勢で、たどたどしく口を動かした。
「こ、ここで戦となれば、道にいる人々が巻きこまれ、怪我をしてしまいます……。どうぞ、このまま……お引き取りください」
「なに? それだけか」
「は、はい……」
緊張して心を震わせている織部とは対照的に、隆家は悠然たるものだった。
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