第六十八話セシリア・サイファリア『エルダートンの野望』

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第六十八話セシリア・サイファリア『エルダートンの野望』

イリオスが暫くの間呆けていました。 なんだか、色々と恐ろしいことを 聞いてしまったような気がします。 イリオスは一応表向きは、エルダートンの息子であるハリスの養子に 入っているのですが、その実はエルダートンが 年の離れた愛妾に産ませた子供であるというのが ライネル公国の周知の事実です。 ちなみにその愛妾が私たちの叔母にあたるサナ様であるというのは、 サイファリアの重臣たちのみが知るマル秘重要事項です。 先程エルダートンは確かにイリオスにこう言いました。 『お前こそがこの私の血を引く、この国の正当後継者なのだ』と。 いやいやいや……。 ミシェル様がいるでしょう。 ロザリア女王の一人息子であるミシェル様が。 そう思う反面、確かにエルダートンは前国王の弟であり、 ミシェル様に次いで皇位継承権第二位に位置しています。 もしエルダートンがイリオスを要して、 反旗を翻したならば、母国サイファリアの重臣たちは、 きっとミシェル様ではなくて、サナ様の血を引くイリオスに協力するでしょう。 仮にイリオスがライネル公国を制し、 サイファリア国王の娘である私をその妻としたならば、 サイファリアは確実にイリオスにつくと思います。 そうすれば先ほどエルダートンが言ったように、 この二国の国力を持って、この大陸を制圧することも可能であると。 そこまで考えて、鳥肌が立ちました。 全く意図しないところで、 自分たちの婚姻が国の将来を決定づけてしまうほどの 力をもってしまうことを、身を持って考えさせられてしまったのです。 「お前の無事も確認したことだし、私は王都に戻るとしよう」 エルダートンはお茶を飲み終えると、そう言って立ち上がりました。 私たちはエルダートンを見送りにエントランスへと歩いて行きました。 「イリオス。お前はまだ傷も癒えてはいない。  暫くの間はこの場所で充分に静養するがいい」 そう言って意味ありげな視線を、私たちにくれました。 「次に会うときには、吉報を期待しているぞ」 エルダートンの言葉に私の顔が引きつります。 吉報って何? そんな国家の転覆がからんだ期待をされても、とっても困ります。 私は今、ストレスから物凄い勢いで瞬きをしています。 エルダートンが乗った車が走り去ると、 イリオスが小さなため息を吐きました。 「んな不細工な顔すんなよな。  俺はちゃんとお前との縁談は断ったぞ?」 イリオスが小さく舌打ちをしています。 「そのことについては本当に感謝しているわ。ありがとう」 まあ、イリオスのおかげでエルダートンの手先にならずにすんだのは とても助かったので、私は心からのお礼を言いました。 「はあ?」 イリオスのこの美貌からは想像もつかない、 鬼の形相で言われてしまいました。 なんでそこで腹のそこから紡ぎだす 不機嫌の疑問形を繰り出すかな? 意味がわかりません。 私は目を瞬かせました。 「この俺がお前との縁談を断ったのは、政治的なしがらみにお前を  巻き込みたくなかったからだ」 イリオスの目が座っています。 だからなんでそこで不機嫌になっちゃうかなぁ。 つられて私の眉間にも縦皺が寄ってしまいます。 「そう、ありがとう」 何でイリオスが怒っているのかが理解できずに、 私は素でイリオスのお礼を言いました。 「お前っ……」 なぜだかイリオスが真っ赤になって絶句しています。 そして小さくため息を吐きました。 「いや……今はよそう」 そう言ってイリオスはその長い睫毛を伏せました。 そんな何気ない表情にすら、うっかり見惚れてしまう程の美形なのに、 なんだかこの人も残念なオーラを放っているような気がします。 「そう、じゃあね。  私は帰るわ」 そう言って私はイリオスにひらひらと手を振りました。 そんな私に更にイリオスの目が座ります。 なんなんだ? この人は。 失血がひどくて鉄分が足りていないのでしょうか? 「セシリア!!メシ付き合え!!!」 はあ? この至近距離で叫ばなきゃならないこと? こっちもちょっとイラっとします。 「表通りのフレンチ、今から予約するから」 ちょっと赤面してそう叫んでいますが、 このバカは一体何をかんがえているのでしょうかね。 「バカなの? その傷で無理をして、  傷が開いたらどうするつもり?   そんな暇があったら家であったかくして寝てなさいよ」 私はそういって、イリオスの鼻の頭に人差し指を突きつけました。 「お前に会えたの、何年ぶりだと思ってる?」 しごく冷静な口調でそう言われました。 何年振りだっけなあ。 まあ、すごく久しぶりだということは事実です。 「隣にいるじゃないのっ!」 これでも一応本人の体調を考慮しているですけどねぇ。 今は外出して無理をするべき時ではありません。 「お前っ、王都にはいつ戻るんだ?」 その言葉に、胸を突かれました。 そしてちょっと泣きそうになりました。 「わからない……わよ」 イリオスは私の首にかけられていた、ネックレスを手に取りました。 「ミシェルからの求愛の品か」 イリオスの言葉に私は目を見開いてしまいました。 「国元の審議待ちってとこか……」 イリオスの言葉に、私は小さく頷きました。 「だったら、余計にお前を一人にさせたくない。  いいから来い」 そういって私はイリオスに手を取られて、 再びエルダートンの屋敷に引っ張り込まれてしまいました。
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