頬に落ちる、透明な君

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「私は……確かに今はぼっちだけどさ。だからこそ、視点を自由に動かしながらこの世を見ることができるって思わない?」 「思いません」……心の中でそう答えたが、何も言わないでおいた。 「確かに人間関係は大切だよ。相手の気持ちを考えたり寄り添ったり、時にはぶつかったりしながらお互いに譲歩して心地良い着地点を見つける…。だけど、それに囚われないで生きるのも、案外楽しいんだよ?例えば、通学路に昨日なかった花が咲いてるとかさ。教室のベランダに止まってる鳥は昨日と同じ鳥なのか別の鳥なのかを考えたり。同じ場所にいても、その日によって風が運んでくる匂いが微妙に違うことに気づいたりさ。…変な人、って思うかもしれないけど…私はそういうことに注意してるほうが、ずっとこの世で生きているっていう感じがするんだよね。」 夏の夜風が二人の髪を優しく撫でる。 体育座りをしながら細い足を抱える鳴美さんの腕に、1匹の虫が止まる。 それを愛おしそうに眺める鳴美さんの目は、まるで地球との会話をしているような目だった。 そのくらいスケールの大きな彼女の存在を、俺はただ黙って感じ取るしかなかった。 「そんな風に生きてたら…たまたま中庭で一人ぼっちの夏向くんを見つけたんだけどね。」 腕に止まる虫から俺へと目線を移して、ニッコリ微笑む鳴美さんの顔は、何故か少し悲しそうだった。
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