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その男は書店の中で、まるで死に場所を探していた。
「あいつヤバくね?万引き?」
「かもな。うちの制服じゃないし、あんま見ないほうがいい。」
「ぜったいなんか隠してるよな?」
内田の言うとおり、そいつは肩から掛けたスクールバッグに何か隠しているようだった。
「ああいうやつがいるから、リアル本屋が減るんだよ!万引きは犯罪だっつー。」
「まぁまぁ。ぜったいいつか捕まるから。俺らがなんかしなくても。」
正義感の強い内田は許せないらしい。
そいつはウロウロと書棚のあいだを行き来していたが、いきなりぱっと店から飛び出していった。
「あ!あいつ、やったわ!」
男のいた辺りを見回すと、平積みの新刊美術書の上に、小さなレモンが置かれていた。
「…思ってたより、やばいやつやん…」
「…病んでるな。」
「これ、あれだよな?」
内田は大袈裟な素振りで腹を抱えて、得意の声の出ない大笑いをした。
「ありえん…!」
俺はちょっと思い付きで、レモンをつかんで自分の鞄にしまった。
俺たちはしばらく、そこで参考書とか雑誌の立ち読みをしていた。さっきの男が戻ってきた。キョロキョロ、キョロキョロとレモンを探して辺りを見廻す。
「ちょ…やめて…おかしすぎる…!」
「ぷぷぷ…」
男は諦めたのか、また店内から走り出していった。
「アカン…メンタル壊れすぎや…」
「だな。」
「さっきのレモン、くれや。」
「戻しておいてやったら?」
「いや。スタッフが美味しくいただきます。」
翌日の新聞で、この町の高校生Aさんが自宅で殺鼠剤入りのソーダを飲んで亡くなったことを知った。殺鼠剤はレモンの輪切りから検出されたそうだ。
登校すると、内田の机に白い花が飾られていた…そして俺は職員室に呼ばれ、そのまま警察の聴取を受けた。
「昨日、放課後に内田雄馬くんと書店にいたね?」
「はい。」
「書店の防犯カメラに、君が毒入りのレモンを渡した映像が残っている。」
「俺が…いや、違います。レモンは万引き犯の男が置いて行ったものを、ギャグで俺たちが拾って…」
まずい。圧倒的にまずい。俺は普通の日常からこぼれ落ちそうな嫌な予感を全身で感じていた。
「万引き犯というのは、この男かな?」
スクールバッグを持ったあの男が写った映像だ。俺は目をこらすが、平積みの新刊の上に置かれていたレモンは、死角になっていて見えない…
「こいつがこの辺りにレモンを置いて逃げて、それを俺たちが面白がって拾って…」
「この少年が万引き犯、しかも常習犯なのは書店の証言でわかっている。」
「それなら…」
「でも、君が犯したのは毒殺だよ?」
警察官と刑事に決めつけるように言われて、俺はどうしたらいいのかわからなかった。
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