【赤】1話 

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名残惜しいが日菜さんから離れ、お気に入りの靴に足を入れ踵が入るように指を差し込んだ。足先から踵まで全て入ったのを確認するようにトントンと少し床に叩きつける。 「そろそろ帰るよ。明日は朝早いし」 元々、夜型の人間なので朝が早いのは苦手だった。でも、そんな事も言っていられない。社会人とはそう言うものだ。椅子に置いてある鞄を手に取りドアノブに手を伸ばすと大きな影に覆われた。 「気をつけてね。おやすみ京」 扉に手をつかれ俗に言う壁ドンをされ耳元で優しく囁かれる。これでトキめかない人なんているのだろうか。自分の心臓の音が少し速くなるのを感じた。 こう言う事を平然とするのが綾瀬日菜の怖いところだ。これまで何人の人を落としてきたのか‥。勘違いする輩が沢山いる事なんて容易に想像できる。 「おやすみ。日菜さんも気をつけて」 何も気にしてない様に振る舞い部屋を後にした。  あれはずるいでしょ。  日菜さん顔良いし声も良いしさ。 先程の光景が蘇ってきて心臓の音が早くなるのを感じた。頭に残った光景を消すために髪をクシャっと掻き乱しいつもより早めの鼓動の心臓を深呼吸をして落ち着かせる。  ずるいなぁ‥あの人。 ホテルの駐車場まで降りて車に乗り込み煙草に火をつけた。煙を肺に入れ、ゆっくり煙を出すと自分が冷静になっていくのを感じた。 『体に悪い』 先ほどの日菜さんの言葉が脳裏によぎる。 「‥‥‥」 一口吸った煙草の火を消し携帯灰皿に押し込む。彼女の前では吸わないように気をつけていたのに明日の事が気がかりでつい吸ってしまった。少し怒りを含んだ言い方と心配そうな表情が頭の片隅に残っている。 携帯灰皿と煙草の箱を助手席の収納ボックスに入れ車のエンジンをかけホテルを後にした。
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