2022/9/20 「初恋」

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小さい頃に受けた傷はなかなか癒えないものだ。今年で16才になった現役ピチピチJKの私にもそんな傷が存在する。それはそう幼稚園の頃の砂場での出来事だ。まだ四歳だった私は王子様が出てくる絵本が大好きで、私もいつか白馬に乗った王子様が迎えに来てくれるのだと本気で思っていた。だって4才だもの。そんな私には白馬の王子様も好きだったが、もう一人大好きな人がいた。それは同じ幼稚園に通うあつしくん。私たちは親同士の仲が良く、生まれたばかりの赤ん坊のころから交流があった。そのためほとんど兄弟のような関係性で女の子と一緒にするおままごとより、男の子と馬鹿みたいに走る方が好きだった私はあっくんといつも一緒にいた。その日はなぜか知らないが泥団子で雪遊びをしようという流れになり、せっせと砂場で泥団子を作っていたそのときである。 「みーちゃんは将来なりたいもの、ある?」 「なりたいもの?」 「もしないんだったらさ、僕の、」 「あるよ!白馬の王子様が私のこと迎えに来てくれるから、その人のお嫁さんになるんだ。」 今思えば黒歴史の何者でもない。しかしその頃の私の夢はいつか迎えに来てくれる王子様のお姫様になることだった。仕方ないでしょ?だって4才だもの、可愛いじゃないの。しかし同じく4歳児のあっくんにそんなことわかるはずもなく、 「ばっ、馬鹿じゃねーの。王子様なんていないんだぞ。そんなののお嫁さんなんかなれるわけないじゃん!みーちゃんのばかっ。」 その時受けた私のショックと言ったら知恵熱で3日寝込むほどだった。王子様がこの世にいないということを知ったショックと、大好きだったあっくんに怒鳴られケンカしてしまったショックのダブルパンチで私は寝ながら泣いていたらしい。そんなある日のことだ、私の生きる意味と出会ったのは。その日は寝込んだ私を心配して、あっくんのお姉さんの灯さんがお見舞いに来てくれた。灯おねえちゃんは私の十個上の中学二年生で、優しくて可愛い彼女は私にとって憧れの存在だった。彼女はなぜだか拗ねているというあっくんの代わりにお見舞いに来てくれたらしく、その際私にある本をお土産としておいていってくれた。それは、ある国の王子様が隣国と戦争をしなければいけない状況に陥るものの、隣国の王子様は彼の思い人で愛国心と彼への思いで揺れ動く切ないラブストーリーだった。初めてその本を読んだ時の感動と言ったら形容しきれない。まるで稲妻が走ったようだった。そしてその時悟ったのだ、王子様の隣はお姫様じゃない!王子様なんだと。それから私は見事この腐った世界にどっぷり浸り、刺激はないものの楽しい毎日を過ごしている。あの砂場の日以降あっちゃんとは気まずくなってしまい、今では一軍とカースト最下位という遠く離れた存在になってしまったがお姉さんとは今でも仲がいい。私が腐った原因を知ったお姉さまには、土下座されて謝罪を受けたが私にとっては生きる糧を与えてくれた命の恩人。今では腐女子友達となり、一緒にサークルを組むほどの仲だ。このサークルというのは同人誌即売会で作品を販売する人たちのグループのことを指し私が絵、お姉さんが原作を書き地味にかなりの売り上げをたたき出している。しかしその原稿が全く手につかず寝不足続きで今日は一限から六限までをほぼすべて睡眠に費やすという偉業を成し遂げたわけであるが、こんな眼鏡女寝ているところで誰も気にしない。おかげで私は完全回復し、さよならの合図とともに、教室をダッシュで退出しようとしたその時だった。 「ねえ、今日一日ずっと寝てたけど大丈夫?もしかして具合悪い?」 声変りを経て見事なイケボに成長したあっくんがそこにいた。 「え?あ、大丈夫。寝不足なだけだから。じゃあね秋元くん。」 「ちょ、まって。みーちゃん…」 今の私にはあっくんなんて気軽に呼ぶことは許されないのだよ。君の後ろに立つスタンドのような女子が怖いからね。そんなことより原稿の方が大事な私は、体育の時間でもなかなか出さない脚力を生かしモースピードで家に帰ったのだった。 ドタドタと階段を駆け上がる音がしたと思ったらノックもせずに扉が開かれる。 「ねーちゃん!俺のみーちゃんを返してくれよ。お願いだよぉおお。」 そこには情けなく地べたに座り込む弟がいた。 「あんたがぼーっとしてんのが悪いんでしょ。そんなことより早く出てって原稿書いてるんだから。私が遅れたらあんたの愛しのみーちゃんが余計苦しむんだからね。」 「今を時めく芥川作家が同人誌なんか書いてるんじゃねーよ。仕事しろよ、俺のみーちゃんを返してくれよっ。」 おいおいうそだろ、泣くんじゃないよ。弟は学校ではスポーツもできて頭もいいイケメンだと言われてちやほやされているみたいだが、本当は好きな女の一人もものにできないヘタレ野郎である。 「もともとはねーちゃんが間違えて同人誌なんて渡すからこんなことになったんだろ。あんなことがなければ今頃みーちゃんの王子様は俺だったのに。」 小さい頃の失敗を今でも引きずり、砂場を見かけるたび泣きかけてるような情けない奴だが一応は可愛い弟。みかちゃんも大事な友達だから二人にはいい感じになってほしいとは思っているのだが、こいつがヘタレなせいでなかなかうまくいかない。 「今は原稿で手一杯だろうから、終わったころにあそこのお店のケーキバイキングにでも誘ってあげなよ。みかちゃんあそこのケーキ好きだから。」 「ほんとに!?よしっ、デートにさそって俺への恋心に気づいてもらって付き合って結婚するんだ。そうとなれば計画立てないと。ありがと、ねーちゃん。」 ばたんと勢いよく扉が占められ、弟の部屋から何やら雄たけびが聞こえるがよくあることなので気にしない。全く弟はいつになったらみかちゃんを手籠めに出来るのだろうか。そんなあっくんの苦悩はみーちゃんの有名イラストレーターへの進化により大学卒業まで続くことになるのだが、それはまたの機会に。
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